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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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糧友の謎
 ずいぶん前に、職場で秘密のケンミンSHOWを見ていると、ヤキリンゴが出ていました。
 しかも、長崎の食べ物という触れ込みで。

 これって、福岡県大野城市に本社のある株式会社リョーユーパンの商品なんですけど・・・。
 その後、福岡県の食べ物でマンハッタンという物も出ていたようですが、これもリョーユー製品(参照)。
 リョーユーすごいぜ。マニアックだぜ(^_^;)

 リョーユーと言えば、昔は糧友と書いてたなぁ・・・。と思いながら福岡県新宮町に本社のある株式会社フランソア沿革を見てると、こんな記述がありました。

昭和32年5月 杵島糧友製パン(株)に社名変更
(沿革 | 株式会社フランソア)

 何?君ら親子?兄弟?

<リョーユーの沿革>

 まずはリョーユーの沿革を見てみます。

1950(昭和25)年5月 唐津市大石町にグループの母体である唐津糧友製パン(株)発足
1961(昭和36)年1月 福岡工場の前身、糧友製パン株式会社設立。
1964(昭和39)年1月 唐津糧友製パン(株)を唐津市和多田に新築移転
1967(昭和42)年2月 管理本部制を採用し、グループ管理本部を福岡に置く
1967(昭和42)年8月 飯塚市のユニオン食品工業(株)を吸収し、(株)糧友飯塚(現在の飯塚工場)を開設
1969(昭和44)年11月 現在の佐賀工場の前身となる佐賀糧友製パン(株)を吸収
1975(昭和50)年4月 (株)キノシタを吸収し、(株)糧友山口工場(現在の山口工場)を開設
1979(昭和54)年11月 二葉製パン(株)(熊本市)及び(株)フタバベーカリー(福岡市)を吸収
1980(昭和55)年6月 グループの拠点として福岡県大野城市に福岡新工場完成。糧友グループ管理本部を統合
1982(昭和57)年3月 大分市の山内食糧(株)を吸収し、同年9月(株)糧友大分(現在の大分支店)を開設
1984(昭和59)年1月 Rショップ1号店オープン(コンビニエンスショップの先駆けで、大型店RICを含め最大630店となるも後に売却)
1994(平成6)年1月 第一食品(株)を買収し宮崎工場を開設(後に閉鎖)
1994(平成6)年4月 別法人であった唐津糧友製パン(株)、(株)糧友福岡、(株)糧友佐賀、糧友製パン(株)、(株)糧友山口の5社を合併し、(株)リョーユーパンとして発足
(あゆみリョーユーパン - Wikipedia)

 とりあえず、唐津糧友、糧友飯塚、佐賀糧友、糧友大分、糧友福岡、糧友山口、糧友製パンというのはあったようです。
 でも、ここには杵島糧友なんて全然出てきません。
 それと、唐津糧友と佐賀糧友ってのは、新たに作ったり名前を変えたりした他の糧友とは違うようです。

<フランソアの沿革>

 では一方のフランソアの沿革はどうなっているのでしょう。

1951(昭和26)年3月 杵島製パン(株)創業(佐賀県杵島郡北方町)資本金50万円
1957(昭和32)年5月 杵島糧友製パン(株)に社名変更
1961(昭和36)年1月 伊万里糧友製パン(有)を吸収合併
1963(昭和38)年11月 糧友食品(株)に社名変更
1964(昭和39)年7月 佐世保工場建設
1965(昭和40)年8月 本社を創業地北方町より佐世保市(佐世保工場)へ移転
1965(昭和45)年7月 糧友食品(株)の直営部門を分離し(株)フランソアを設立
1977(昭和52)年2月 福岡の西日本製パン(株)を買収 福岡における販路拡大
1978(昭和53)年 糧友食品(株)と西日本池田製菓(株)2社の販売部門を分離、日新製パン(株)を設立
1979(昭和54)年9月 西日本製パン(株)の直営店部門メルヘン事業部を分離し、(株)フランソア福岡を設立
1982(昭和57)年10月 日新製パン(株)を(株)イケダに社名変更
                糧友食品(株)と池田製菓㈱の営業部門を統合。
                年商750億円に達し、九州のパンシェア37.8%を占め、
                取引販売、店数35,500店と全国でも5位のパンメーカーとなる。
1986(昭和61)年2月 (株)フランソア福岡を、西日本製パン(株)に吸収、業態を変更してフランソアのブランドで、焼きたてパンの福岡における卸しチェーン展開を開始する。
1986(昭和61)年7月 池田製菓(株)(鹿児島)が会社更生法を申請。
1990(平成2)年7月 糧友食品(株)(佐世保市)、(株)フランソア(佐世保市)、西日本製パン(株)(福岡市)の3社合併。
              同時に(株)フランソアに社名変更。
              資本金2億4千500万、本社は福岡市東区和白
              同時に新会社、糧友食品(株)設立(りょうゆうブランドのパン販売会社)
1994(平成6)年12月 福岡新工場建設(新宮町)、本社及び福岡工場移転、コンピュータによるFAシステムを稼働。
1998(平成10)年11月 糧友食品(株)が新ブランド『アペル』のテスト販売開始
2003(平成15)年4月 糧友食品(株)を(株)アペルに社名変更
(参照参照参照参照)

 どうもこっちは杵島糧友、伊万里糧友のようです。
 しかも、グループ企業のアペル関連で気になる記述がありました。

創業当初は「糧友食品株式会社」(りょうゆうしょくひん)という社名で、現在は福岡県に本社があるリョーユーパンと同じ社名(糧友)を用い、似た商品も販売していたが、資本的にはつながりはない。
(参照)

 リョーユー側では1961年に糧友製パンができて1994年まで続いてる反面、フランソア側では1963年に糧友食品ができて2003年まで残っていたのです。
 紛らわしいことこの上ありません。

 でも、そこを追及する前に池田製菓とかイケダというのが気になります。
 それって、鹿児島のイケダパンでしょうか?

<イケダパンの沿革>

 イケダパンとは、「南九州(鹿児島県・宮崎県・大分県)を商圏エリアとする製パンメーカー。かつては北部九州(福岡県・佐賀県など)も販売エリアとなっていて、同じ九州を本拠とするリョーユーパンと共に九州最大の製パン会社であった。(参照)」ということです。
 今もやってるかもしれませんが、アイショップという名前でコンビニエンスストアーもやっていました。
 古賀市の西部電機の購買店が一時アイショップになっていたのを思い出します。

1948(昭和23)年6月 鹿児島県加世田市(現・南さつま市)に製粉・製麺業として創業
1953(昭和28)年9月「池田製菓株式会社」設立(公式サイトでは池田産業株式会社)
1986(昭和61)年 会社更生法の適用を申請
1988(昭和63)年11月商号を「株式会社イケダパン」に変更。山崎製パンと業務提携。
(参照参照)

 確かに池田製菓という名前も、1986年という会社更生法適用の年も一致します。
 「糧友」という名前の謎と共に、フランソアとイケダパンとの関係も謎です。

<糧友の謎>

 まずは、「糧友」という名前を調べてみます。

 調べてみると、杉原昇さんという方のブログが見つかりました。
 どうも、フランソアの元社長のようです(参照)。
 今の社長は仁さんという方のようですが(参照)。2009年の秋にバトンタッチしたのだとか(参照)。

 杉原さんによると、「戦時下の食糧統制で生まれた食糧営団、その営団の支援の元に糧友パンが佐賀県各地「4地区」で創業した(参照)」そうで、唐津糧友製パンと佐賀糧友製パンが現在のリョーユーで、杵島糧友製パンと伊万里糧友製パンが現在のフランソアなのだということです。
 言わば、義兄弟のような物なのですね。
 一時は互いに争ったようですが、現在の関係は悪くなさそうです(参照)。

 で、フランソア陣営の糧友食品は「りょうゆう」というブランド名だったそうです(参照)。

<イケダパンとフランソア>

 ちなみに1977(昭和52)年の西日本製パン買収というのは、日本製粉から経営の思わしくない系列製パン業者を引き受けたということのようです。
 兄弟会社のリョーユーが既に進出している福岡に角を立てずに進出できると、渡りに船だったとか(^_^;)(参照)。
 で、これがイケダパンとの関係に繋がります。

 その頃の福岡の製パン業界は、黒船来襲に戦々恐々としていたのだそうです。

1968(昭和43)年4月 福岡工場稼働(当時(株)山崎製パン福岡工場)
1969(昭和44)年4月 福岡工場を福岡県粕屋郡に移転竣工稼働
(参照)

 そう。業界トップの山崎パンの進出です。
 ヤマザキは、「大成パンを買収して超近代的なパン工場を建設し(参照)」たのだそうで、地元の同業者の危機感はかなりの物だったのでしょう。
 中でも、「福岡では弱」かったフランソア陣営の西日本製パンと鹿児島から進出した池田製菓。
 両者の思惑は一致し、イケダ陣営とフランソア陣営は手を結びました。
 そして、両社折半で株式会社イケダを設立したのだそうです(参照)。

<イケダパンの倒産>

 ところが1986(昭和61)年の7月10日に大きな転機が訪れます。
 「池田製菓が会社更生法を申請して倒産」したのです。
 池田製菓は「500億以上の負債」を抱え、フランソア陣営との合弁会社である「原料供給していた福岡イケダに15億円の不良債権」が生じ、「連鎖倒産確定」の危機に陥ったそうです。

 それを救済したのが、業界3位のフジパンでした。
 フジパンは、福岡の株式会社イケダの「営業権に熊本工場、勿論不良債権の15億円、それに工場建設他の為に用意していた一万坪の用地も全部引き取って」フランソア陣営の危機を救いました(参照)。
 そして、1986年に新宮町に株式会社九州フジパンが設立され、フジパンは九州に進出します(参照)。

 一方、鹿児島の池田製菓は、「1986年に会社更生法の適用を申請して以降、福岡地区での販売から撤退した」後に、1988(昭和63)年11月に株式会社イケダパンに社名変更した後に山崎製パンと業務提携し、山崎パングループに入りました(参照)。
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この記事に対するコメント

はじめまして。

元九州フジパンの手のものです。
良記事ありがとうございます。ちょっとすっきりしました。
【2013/12/16 14:09】 URL | しゃどー。 #mQop/nM. [ 編集]

Re: タイトルなし
 整理されてない記事ですみませんでしたm(_ _)m
【2013/12/25 00:07】 URL | therapie #- [ 編集]


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