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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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鹿児島市電は100周年
 まずは、訃報です。
 実際に草を植えるプラモデル、箱庭シリーズでお馴染み(参照)の株式会社河合商会(東京都足立区)が10月15日付で自己破産を申し立てたのだそうです(参照)。
 いい年こいた電車マニアにとっては、マニアックな貨車の模型を出してくれるメーカーとしてお馴染みでした(参照)。
 中古で300円位なので、昔はよく買っていたんですけどね。

「東京」 (株)河合商会(資本金1000万円、足立区保木間3-36-7、代表河合明氏、従業員10名)は、10月15日までに事後処理を高田正雄弁護士(中央区日本橋人形町1-6-2、電話03-6681-6868)に一任した。今後、自己破産を申請する意向。
 当社は、1972年(昭和47年)6月創業、73年(昭和48年)9月に法人改組された玩具卸業者。ホビー関連の卸・輸出入を手がけ、扱い品はプラモデル、Nゲージ等の鉄道模型、ジオラマ、ミニカーなど多岐にわたっていた。プラスチック模型では、情景モデルパーツに民家や駅舎を配した風景模型の「箱庭シリーズ」や芝居小屋、屋台などの「風物詩シリーズ」が有名。鉄道模型(Nゲージ)は鉄道ファンの間で「カワイの鉄道模型シリーズ」として一定の知名度を有し、国内販売のほか、最近では中国を中心に輸出関連の売り上げが伸張、2003年8月期は年売上高約9億円をあげていた。
 鉄道模型を中心に堅調な業況が続いていたが、リーマン・ショック後の世界的な景気悪化でアジア向けの販売が減少したうえ、得意先の倒産による販路喪失などもあり、2009年8月期の年売上高は約2億4000万円に急減していた。以降は、2011年3月の東日本大震災による消費自粛ムードの高まり、円高による輸出採算の悪化などから、2011年8月期の年売上高も約2億5000万円と低迷。その後も業況回復の見込みが立たず、ここにきて事業継続を断念した。
 負債は推定1億円前後とみられるが、現在、調査中。
(鉄道模型(Nゲージ)で知られる玩具卸 株式会社河合商会 弁護士一任、自己破産申請へ TDB企業コード:982613711・2012年10月17日付帝国データバンク)

 あれだけ買ったのになぜ潰れたのか・・・。

 中古で買ってたからだろ(-。-)y-゜゜゜


 それはそうと、鹿児島市電が100周年だとか。
1991年当時の鹿児島市電
 うん。ヒドイ写真だよね。
 でも、古い写真をボロイデジカメで撮って拡大したから仕方ないんだ。
 ちなみにこれが元の写真です(^_^;)
1991年当時の西鹿児島駅前
 今はダイエーになっている所ですよ。懐かしい。
 ちょうど西鹿児島駅前から郡元までのセンターポール化工事が始まった所で、線路敷のアスファルトを剥がしてるんでしょうかね。

 あ、そんな事はどうでもいい。

 鹿児島市電が今年12月、運行100年を迎える。この間、九州初の女性車掌や、全国初の軌道緑化などに取り組んできた。軌道の芝生に散水する専用の電車は、桜島の降灰を洗い流す役割も。100年の歴史の中に、鹿児島ならではの光景があった。
 鹿児島市内を走る路面電車は1912年に鹿児島電気軌道が運行を開始した。総延長6.4キロ、運賃は1区が2銭と通行税1銭(1円=100銭)だった。28年に鹿児島市が買収し、市電としての歴史が始まる。39年には九州で初めて女性車掌が誕生した。しかし第二次世界大戦の戦渦は市電にも及ぶ。車両の多くが焼失するなどし、終戦直前の45年6月に運行できるのは3両になり、営業中止に追い込まれたこともあった。
 戦後、85年に総延長が現在の13.1キロになり、93年、函館市電の路線縮小に伴って公営の路面電車の営業キロの日本一になった。平成に入ると2002年に超低床電車「ユートラム」を導入、06年に全国で初めて軌道を緑化し、ヒートアイランド現象の緩和や騒音低減が評価され、緑の都市賞で国土交通大臣賞(08年)も受賞している。
 12月1日からは、100年を記念して、大正時代から昭和30年ごろまで運行していた当時の20形電車をモチーフにした、観光レトロ電車を運行する。既存の台車や主要部分を活用し、当時の電車に見られた採光窓構造の二重屋根を持つ。100周年にちなんで「100形」、愛称は「かごでん」だ。【江刺弘子】
(鹿児島市電:今年で100年 女性車掌や軌道緑化など「初」の取り組みも・2012年10月11日付毎日新聞)

 僕が鹿児島に行った1991年当時は、市電のセンターポール化事業の真っ最中でした。
1991年当時、センターポール化されたばかりの高見橋周辺
 空に張り巡らされた架線が整理され、道路の真ん中に街灯と一体化されたセンターポールが整然と並ぶ様子がとても印象的でした。
 綺麗な街だと思いました。

 その直後に桜島が噴火して大量の灰をかぶるのですが(^_^;)

 僕にとっては印象深いセンターポール化ですが、鹿児島市電の黒字化に大いに貢献した事業だったとか。

 1988年 - 1992年にかけて、専用軌道である涙橋 - 谷山を除く併用軌道計8.75kmで実施された。他の都市に先駆けて行われたこの事業は、架線に遮られた空の景観を取り戻したばかりでなく、無理な右折車を減少させることにも成功した。これにより定時運行が可能となり、利便性が向上、さらに、新車導入、冷房化達成も重なったため、市電部門を黒字へ転換させた。当初は郡元ダイエー側 - 涙橋間は専用軌道であったため、工事の予定は無かったが、涙橋の架け替えのため、センターポール化区間に加えられた。
 また高見橋については、県による橋梁工事の際に先行してセンターポール化が行われたため、ポールのデザインが異なっている。
(センターポール化事業)

 鹿児島にもずいぶん帰っていませんが、近いうちに行ってみたいです。

 ちなみに当時の西鹿児島駅。
1991年当時の西鹿児島駅
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