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Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
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プア充はリア充
 福岡市中央区のけやき通り(国体道路)を原付で走っていると、いつもは渋滞している通りがどうも空いています。
 ああ、今日は祝日だった。何の日だっけ?と思っていると、歩道にはそぞろ歩く人、人、人。

 どうやら、BOOKUOKAの一環で、第8回一箱古本市inけやき通りをやってたようなのです。
 中央市民センターに原付を止めて僕も歩いてみました。
 本を小脇に抱えた人がずらずら歩く中を、あっちの箱こっちの箱覗きながら歩くのは楽しいです。

 気に入った本が見つからなかったので手ぶらで帰りましたが、それでも何か満ち足りた気分です。
 中央市民センターに戻ると、誰かがミュージカルCATSのMemoryを朗々と歌っていました。
 無料で楽しめる時間を過ごさせていただきました。

<「プア充」は「リア充」の一種?>

 最近、「プア充」なる言葉が流行っているとか。
 「高収入を求めず、そこそこ働き自分の生活を充実させていく」生き方だとか(参照)。
 宗教学者の島田裕巳さんがプア充 ―高収入は、要らない―という著書で提唱して話題になっているそうですが、正直そんな目新しい感じはしません。

 「プア充」とは、リアルライフ(現実生活)が充実しているという意味の「リア充(参照)」から来ている言葉だと思いますが、そもそも「リア充」にはRichかPoorかといった経済力の側面はそんなに強くありません。
 「リア充」は「趣味・仕事・人間関係など、実生活が充実している」のを指すのであって、僕の見る限りでは人間関係重視のような気がするのです。
 それは、「リア充」の対義語の一つが「ぼっち」であることからもうかがえます(参照)。
 「リア充」というのは、経済力重視だった「勝ち組(関連)」「負け組」の対比とは違う価値観での評価です。
 ある意味「リア充」という言葉には「プア充」が内包されているのではないかと思うのです。

<「リア充」とは充実の確信>

 僕は10年ほど前に仕事を辞め、家族とも別れて郷里に戻ってきました。
 そうして出会ったのが、フリーターの仲間たち。
 バンドを組んだり自主製作映画を作ったりと夜まで語り合い、お金がなくても好きな事をして楽しい日々でした。

 今の僕はピーク時の半分以下の年収で、ワーキングプアに分類されます。
 でも、仕事にやりがいはあり、夜勤なのであまり会えませんが子どもも可愛い。
 このブログでうっぷんを発散させることだってできています。
 今幸せかと問われることがありますが、いつも迷いながらですがYesと答えます。

 幸福の形はひとつじゃないと広く認識され、色々な形の幸福が容認される時代です。
 自分が幸福なのか、自分が充実しているかは自分が評価する時代です。
 先の「リア充」という言葉も、人間関係の他に自信や確信が重視されています。
 いくら充実しているように見えても、自分が充実しているか自信なく様子をうかがっている人々を「キョロ」または「キョロ充」と呼んでかなり露骨に線が引かれているからです。

<「満ち足りた生活」を超える「充実」>

 しかし、各所で見る限り、「プア充」はそれほど確信をもった充実と見做されていないようです。
 今は安くて生活できる手段があるから満ち足りているという論調です。
 しかしそれは、「充(実)」ではないと思います。

 「プア」でも「充(実)」だと言い切るには、「プア」を超えるための何かが必要な気がします。
 お金がないと生活が大変なのは間違いない事ですから。
 金がなくても文化的な生活が営めている趣味とか、金がなくても使命感でカバーできる仕事とか、金がなくても幸せを感じられる家庭や仲間とか・・・。

<そもそも「プア充」って昔からあったのでは?>

 以前も何度か書きましたが、最近「夢」という言葉に違和感を覚えます(参照参照)。
 立身出世主義みたいなのは、そもそも近代以降の考え方なのではないかと思います。
 以前は、「足るを知る」とか「身のほどを知る」とかが美徳だったわけですから。
 近世以前では、そもそも出世するのってレアケースでしょうから、そうしたものを目指す人も少数だったのではないでしょうか。

 近現代は、誰でも努力すれば立身出世できると標榜している時代だと思います。
 労働力を必要とする工業化は、「親の後を継ぐ」というような立身出世を目指さない人の割合を低下させていったのではなかろうかと思います。

 少なくとも経済が成長している間は、多くの人は立身出世しているような気がしていました。
 でも、少なくとも今はそうではない。
 だとすれば、立身出世を目指す人とそうでない人の割合を再調整していく必要があるのでしょう。

 殊更「清貧」とか「プア充」とか定期的に言われているのは、そういう事なのかなぁと思います。

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