湾鉄調査部
興味ある事を興味あるままに調査しています
広告


プロフィール

therapie

Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
 自分の興味が向いたものを、自分勝手に調査しています。
 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
 お問い合わせはメールフォームからお願いします。



最近の記事



カテゴリ



最近のコメント



最近のトラックバック



ブログ内検索



月別アーカイブ



RSSフィード



リンク


ブログパーツ類
あわせて読みたいブログパーツ

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村 鉄道ブログへ

ジオターゲティング


検索






Join the Blue Ribbon Online Free Speech Campaign


古賀市長選挙の情勢(3)
 前回前々回と、松島岩太さんが 古賀市長選挙への立候補を表明した件に関連して書いてみました。
 僕が古賀市から出た当時は、古賀市議会の過半数に迫る勢いの自民党系会派があって当時の市長を支持していました(参照参照参照参照)。
 しかし、先日書いた通り、その後当時の市長と自民党系が仲違いしたようです。
 そして、今回、その時自民党系が立てた対立候補である現職市長と自民党系が再度対立したようです。

 どうも、山手の方を市街化調整区域にするしないでもめてたと聞くので、議事録を調べる事にしました。
 古賀市議会の議事録で「市街化調整区域」という言葉が出てくるのは、56文書。
 検索できる中で一番古いのは、2000年12月22日ですが、関係はなさそうです(参照)。

<農業振興地域除外>

 今回まで続いているものと関係ありそうなやり取りは、2001年9月10日の舩越嘉彦さん(青柳)の質問です(参照)。
 どうやら、市街化調整区域の住宅地周辺が農業振興地域から除外されたとのことで、その地域の開発をどう進めるのかという質問のようです(参照)。

<第2次古賀市国土利用計画>

 そして、2001年11月9日に、現在の流れの源流のようなものが見えてきます。
 この日は、第2次古賀市国土利用計画審査特別委員会の委員長である清原留夫さんが、最終報告をしています(参照)。

 第2次古賀市国土利用計画というのは、平成21年4月策定の古賀市都市計画マスタープランのもとになったもののようです。

 これそのものは見つかりませんでしたが、第3次古賀市国土利用計画は見ることができます。

 奴間健司さんの質問によれば、「全域を都市計画区域に編入しようという点に特徴があ」るのだそうです(参照)。
 沼さんによると、1963(昭和38)年に「過疎化を危惧して東部地区を都市計画区域から除外した(参照参照)」そうで、今回はその部分も都市計画区域に入れたうえで市街化調整区域にするということだったようです。

 その報告の後、舩越嘉彦さんが「調整区域の中に出てくる地区計画は、平成10年から始まった事業でありながら、今まで市民には知らされず、こういうことが行政不信になり、市民の皆さんにはもう行政にはだまされないという声が強いのが現実であります。」「現在の農業者は農業生産物だけでは生活はできません。土地を利用した農外収入の道を見つけなければなりませんが、そのような施策もなされていないように思われます。(参照)」と発言しています。
 舩越嘉彦さんはその後も、主に農家の方が農業外収入を得にくくなるという趣旨の意見を何度もおしゃっていたようです(参照参照参照参照)。

 しかし、この当時はそれほど大きな動きとは思えず、前述の奴間さんは全域を都市計画区域に編入せよとの意見(参照)ですし、篠崎秀人さん(米多比)も秩序ある開発を目指すという意味で賛成(参照)していたようです。
 結局、「市全域を都市計画区域にする市国土利用計画案」は、2001年の市議会で10対9の賛成多数で可決。
 2011年1月ごろまでに「白地」区域を都市計画区域に編入することになりました(参照)。

<保守系会派の集合離散>

 その後、僕にはわからないどこかで古賀市議会は大きく動いています。
 まず2007年5月に保守系市議が統一会派を結成しました(参照)。

 その際に、なぜか舩越嘉彦さんは無会派になっています。
 しかしなぜか監査に選出されていますが(参照)。
 ちなみに舩越嘉彦さんは2011年の選挙に立候補せず(参照)、引退しています。

 そして2008年に「新和会」から「四葉会」が分かれ(飯尾 助広、岩井 秀一、舩越 義彰、姉川 さつき)分裂(参照)、2009年6月10日に「親和会」が自由クラブ(松島 岩太、黒木 淳、許山 秀仁)と清風会(森本 義征、薄 一昭、結城 弘明)に分裂(参照)したようです。

<中村市長との対立>

 そんな中、2009年に中村市長が出した2人目の副市長人事案に古賀市議会が不同意。
 保守系会派の反対が要因でした(参照)。

 そして、2010年からは市街化調整区域問題にも大きな動きが出てきます。
 例えば、飯尾助広さん(小山田)は、説明が分かりづらいと苦言を述べ(参照)、舩越義彰さん(青柳)は、「町部」との格差が広がると懸念を表明しています(参照)。
 また、松島岩太さん(舞の里)は、「既存集落のコミュニティ活力維持の回復のため地区計画を活用し、一定の優良な住宅を受け入れますとか、古賀インターチェンジ接続点からおおむね500メートルのエリアでは、工業、流通機能を有する土地利用を図りますとか、浄水場グリーンパーク入り口付近は、生活利便施設や沿道サービス施設、流通施設などを誘導しますとか、現工業団地周辺に新たな工業用地の拡張を検討」は素晴らしいと言い(参照)、開発を前提にした考えをのべていたようです。

 この辺りで編入延期の請願が市議会に出されて3月に10対8で採択されたようで、編入が1年ほど延期されたようです(参照)。

 そして、2010年11月。
 自民党古賀支部の支援の下、竹下司津男さんが古賀市長に初当選します(参照参照)。
 竹下市長は「白地地域に対する市街化調整区域編入を延期」が公約だったようです(参照)。

<竹下市長との対立>

 新市長になっても、市街化調整区域問題は続いたようです。

 当初から、「町部」の森本義征さん(駅東)(参照)」や高原伸二さん(駅東)(参照参照参照参照)が技術的な問題について質問しています。

 後に高原さんは、ほったらかしやないかい!と反対色を前面に出してきています。

 そして、舩越義彰さん(参照参照参照参照)や飯尾助広さんは(参照)、市街化調整区域になった後の開発について考えるように訴えています。

 一方で、内場恭子さん(薬王寺)(参照参照)や阿部友子さんは(参照)市街化調整区域にして開発を規制しろという意見だったようです。

 面白いのが松島岩太さんで、現在の市街化区域だけでは開発余地がないという理由で市街化調整区域の開発を訴えています(参照)。

<おまけ>

 そんな中、宮地岳線跡地について許山秀仁さんが聞いていました(参照参照)。

<おまけ>

 まったく関係ないですが、ゴジラを支えた特撮美術監督 井上泰幸展が、7月18日から8月31日までサンフレアこが2階ギャラリーで開催されているようです(参照参照)。
関連記事
スポンサーサイト

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログへ
Keyword : 古賀市 政治 地方自治 古賀市政

テーマ:政治・地方自治・選挙 - ジャンル:政治・経済


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://wantetsu.blog61.fc2.com/tb.php/1471-ee5579ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



当ブログはリンクフリーです。
ただし、匿名掲示板からのリンクは管理者であろうとも禁止します。
不適当だと判断したコメント・トラックバックは掲載しません。
情報の正確性には常に留意しておりますが、その検証能力には限りがあります。
このサイトにより生じたいかなる損害においても責任は負いかねますのでご了承ください。