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Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
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遅まきながら「オ・モ・テ・ナ・シ」について
 以前、こんな記事を読んで慄然としました。←大げさ

 2人で同じものを食べ、1700円。
 お勘定の際に1000円払ったら、「割り勘なんてありえない」と言われる。
 常識と計算能力の両方を疑いました。

 割り勘とは、「参加者の同等割にして代金を支払うこと(参照)」。
 割り勘ならば850円なのであって、この人は150円奢ってもらっている計算になります。

 女性は奢ってもらうのは当然。
 そういった性の商品化と同根の現代日本の悪弊は、少なくともぼくの周囲では、バブル以降減少していっています。
 社会や風習は変わるのです。

 そんな中、去年の秋ごろ(参照参照)から、僕の中の我が国への違和感が増すばかりです。
 東京オリンピック開催歓迎ムードに対してもそうですが(参照)、それ以上に違和感ありまくりなのが「オ・モ・テ・ナ・シ」が日本の美徳で特徴であるかのような雰囲気。

<最近の日本人の自画自賛>

 そもそも、北京オリンピックの時に鬼の首でも取ったかのように日本のマナーの良さを自画自賛していましたが、そのいくつかは先の東京オリンピック以降のもの(参照)。
 過去の日本人を笑っている自虐的なネタにしか見えませんでした。

<落した物が必ず還ってくるわけではない>

 そんな中、文化財の保存や修復をされているという小西美術工藝社という会社の社長であるデービッド・アトキンソン(David Atkinson,1965-)さんが面白い事を言っていました。

 最近では例の「おもてなし」です。日本では財布を落としてもほぼ確実に戻ってくるってよくいうでしょ。でも警視庁の数字では、現金では届け出があった額の40%にすぎない。残り60%にはいっさい触れず、都合のいい少数を大げさに持ち上げる。サッカーW杯のとき、日本人観客のゴミ拾いが日本人の美徳として話題になった。なら、鎌倉の花火大会の後を見てください。ゴミだらけです。立派なおもてなしは確かに存在しても、それで日本が世界一のおもてなし国である客観性にはならない。
 日本の鉄道は定刻運行、犯罪も少ないなどと自慢しますが、それは単なる住民目線でいいだけで、それがおもてなし? それを確かめるためにわざわざ外国から観光に来たりしないでしょ。本当に観光立国を目指すなら、住民目線で見た日本のよさと、観光の魅力とを結び付けるのは違う。
(身勝手な日本人が、日本の国宝をダメにする・2014年12月07日付東洋経済オンライン)

 平成25年度の警察白書によると、平成20年度は373億円分の遺失届が出たのに対して142億円分の拾得物の届け出がありその割合は38%。平成21年度は353億円に対して135億円分の届け出がありその割合は38%。平成22年度は351億円に対して141億円分の届け出がありその割合は40%。平成23年度は498億円分に対して189億円分の届け出がありその割合は38%。平成24年度は372億円に対して156億円分の届け出がありその割合は42%(参照)のようです。

 ちなみに、お金を落とした人すべてが遺失届を出すわけではありませんし、届け出があった拾得物すべてが返還されるわけではありません。
 東京都の警察本部である警視庁がまとめた平成25年中の拾得現金総額は31億6288万9322円(遺失届は76億3966万1547円分で約41%)。
 平成25年中に遺失者に返還できたものが23億4704万8986円。結局拾得者に引渡すことになったのが4億6129万6466円。東京都に帰属したのが3億6312万5063円 。廃棄・移管したのが153万0518円だそうです(参照)。
 すべてが還ってくるわけではありません。

<でも日本人の「民度の高さ」とは限らないんだからね>

 一方で、一応諸外国でも落し物は警察もしくは地方公共団体に届けるようにはなっているようです(参照)。

 もちろん、落し物は警察に届けるというマナーが日本では諸外国よりも一般化されているという説(参照)もありますが、諸外国での統計資料がないので謎のままにしておきます。

 堕ちていた財布を拾う正直な人の話が、古典落語にいくつかあります。
 落ちていた財布を届けるのがいいことだって認識は、当時の日本から共通だったのでしょう。
 しかし、届ける人が普通の人として描かれていない以上、そのいいことをきちんとできる人は当時から少なかったのでしょうね。
 現代でも、財布は還って来るけど中身(お金)は入ってなかったってのが一般的な気がします。
 そもそも、「道にお金が落ちていても誰も拾わない」ってのが、東アジアの善政の共通基準みたいなところがあるようです。

 日本だと交番があって、単純に落し物を届けやすいって事情もある(参照参照)でしょうし、アメリカや中国では拾い主への謝礼制度がない(参照参照)というのも影響しているかもしれません。

 面白いなと思ったのが、北京でも台北でもラジオでの落し物告知が盛んなのだそうです。
 で、台湾も(書いた人の体感ですが)落し物がよく戻ってくるお国柄だそうです(参照)。
 また、お国柄なのかアメリカでは個人や企業の自助努力にかなり委ねられているような気もしました(参照参照)。
 韓国はこんな感じです(参照)。

 いずれにせよ、自分と自分たちの事を良く知ることが大事なのだと思います。

<誤解は押しつけに繋がる>

 アトキンソンさんはさらに続けます。

アトキンソン:直せばみんな来ますよ。昨年の伊勢神宮や出雲大社のように。
 誰かが言っていましたが、人を自分の家に呼ぶ時に、何十年も修理をしていなくて、椅子はガタガタでドアは開きにくくてペンキがはがれているような家には呼ばないでしょう。観光立国で何千万人も来てほしいなら、おもてなしだとか言う前に整備をするべきでしょう。

日本の「おもてなし」には違和感を持たれているようですね。

アトキンソン:一番驚いたのは飲食店で「閉店ですよ」と言われることです。海外では閉店ですとか言われることはないんです。あなたの払った対価はこの時間までだと言われているような感じで、とてもサービスだとは思えません。日本はお客と店が割と対等ですから、日本人にこれを言っても響かないみたいですが。

日本のサービス自体が「押しつけ」と感じられることが多く、それを自覚していないと、本の中でもおっしゃっています。

アトキンソン:なぜ急にみんな、「世界一のおもてなし」とか言い出したんでしょう。自己満足の部分が結構あって、日本人同士で世界一ですよと言い合っているんでしょう。もしそこへよそ者が入ってきて「いや別に自分はいいと思わない」と言っても、あなたは分かっていないからと処理されてしまう。
 自分が最初に日本へ来た25年前に比べて外国人の数が激減していますから、そういう(意見を聞く)機会自体が少なくて、自分たちで言い合って自己満足していても成立してしまうのではないでしょうか。昔は、日本人はあまりそういうことを口には出さない人たちだったと思うのですが。
(お・も・て・な・しは日本人の自己満足か・2014年10月24日付日経BP)


 文化財を綺麗にすれば人は来るってのは、自分の社会的な立場(文化財修理会社の社長)を踏まえた素晴らしい意見だと思います。
 「それは単なる住民目線でいいだけで、それがおもてなし?」とは思いますが(^_^;)

 以前からストーカーについて自由研究をしていたのですが、最近、「他人の立場に立って考える」事ができていない人が実は結構多いのに驚いています。
 自己満足のためにやっている事を、「相手のためにやっている」と思い込んでいる人が結構います。
 それだけならいいのですが、相手が喜ばないと、「自分は相手のためにこんなに頑張ったのに!」と憤る人もいます。
 いや、それは相手のために頑張っていないからでしょ。

<で、Let it go>

 今年はアナと雪の女王(購入サントラ)
 最初は子ども達が、「ありの~ままの~♪(女王アリかよ)」と繰り返し歌っていたので存在を知ったのですが、のちに映画を見てびっくり。
 歌の印象と全然違います。

 そんな中、こういった文章を読みました。


 “Let it go”とは、怒りや不安でさいなまれている人に、そんなことは忘れてしまいなさいよ(“forget about it”)、と呼びかける言葉だ(注1)。だが、忘れてしまえといっても、コンピューターのキーをおして消去するように記憶を消してしまうことはできない。「忘れてしまう」こと「気にしない」ということの中身は、自分自身に怒りや不安を起こさせるような嫌なことを無視できる力を持つこと、耐性力をつけることだ。そうすることで、脳の中には記憶そのものが残っていても、「気にしない」こと、「忘れてしまう」ことができる。これが”let it go”の中身なのだ。
(略)
("Let it go"と「ありのまま」の違い・2014年5月27日付小野昌弘さん)

 なるほど。レジリエンス(参照)ですな。


 ”Let it go”は「無垢さ」とは無縁の言葉で、その意味で「ありのまま」とはかなり違う。ただ、自分の属性の一部(たとえば体型・顔・性格など)が自分に嫌な気持ちを起こさせる原因になっている場合、それを「忘れてしまう」ことは「ありのまま」の自分を受け入れるということと似ている。実際、日本社会特有の束縛から外れて自分の思うように生きようとすることを、「ありのままに生きる」と言うことがある。おそらく歌の訳者は、こうした意味をくんで訳をあてたのであろう。映画『アナと雪の女王』のエルサは、自分の魔力を(心理学的な意味で)抑圧して生きて来たが、”let it go”を歌い、その魔力をもっているということが普通ではないことを「忘れて」、それが人に恐怖を与えるということを「気にしない」ようになる。つまり、自分のそうした属性を受け入れる。そして、まるで天の岩戸の神話(天照大神が怒りのため岩戸に籠った神話)のように、深い山中に築いた自分の城に籠る。
 こう考えてくると、どうもエルサは「ありのままに」なったのではないようだということに気がつくだろう。「ありのまま」の自分を受け入れたひとが、山中に籠る必要はない。映画のエルサは、”let it go”により、もはや自分の魔力を気にすることをやめることで、その力の暗い側面が人に知られることを気にしないようになったまでであり、”let it go”という思い切りにより、むしろ悪魔的になったともいえる。これはエルサの人格成長の最終段階ではない。しかし成長して大人になるためにはどうしても通らなければならない、自分の可能性を積極的に認めるという段階といえる。だからこそ、映画の話は「let it go ありのままに」の歌の場面では終わらない。


("Let it go"と「ありのまま」の違い・2014年5月27日付小野昌弘さん)

 僕の違和感はこれでした。
 映画を見ると、この歌で解決したわけではない。
 単純に、自分の能力を使うようになっただけで、アナが幸せになるにはその後自分の力を生かしつつ周囲に受け入れられないといけませんでした。
 しかしなぜか、みんなのクライマックスは「ありのーままでー」みたいなんですよね。

【ついで】

 3.11から、どうもこの国は現場から離れれば離れるほどアホになってるんじゃないかと思っていましたが、アトキンソンさんも同じことを書いていてちょっと面白かったです。

この会社に来て、日本を支えているのはいちばん下の勤勉な労働者だと知りました。まあアナリスト時代に接していたのが銀行の上層の人間、というのが悪かったんだけれど。何を言っても無駄。行動しない。日本人は農耕民族だからと平気でバカげた理由を語り出したり。何でこの国が世界第2の経済大国なのか、ずっと不思議に思っていました。
(身勝手な日本人が、日本の国宝をダメにする・2014年12月07日付東洋経済オンライン)

 というか、日本人は下っ端向きなのかもしれません(^_^;)

 では、良いお年を。

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