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みんなの政治家~同調行動を利用する人たち
 人付き合いの中で策を弄する人を、僕は「内政治家」と呼んでいます。
 社内政治、学内政治、院内政治等に血道を上げてるって意味です。
 そういう人に限って出世してたりするのは、偉い人にはウケが良いのでしょう。

 「内政治家」がよく使う言葉が、「みんな」。
 「みんなそう言ってる。」ってのが、彼らの常套句です。
 もちろん、みんなというのは「内政治家」本人とその仲間たちなのです。
 酷い時には「内政治家」本人ともう一人であったりします。
 もっと酷い時には「内政治家」本人と「内政治家」の誘導によって表面的同調(参照)をした人だけだったりします。

 まあ、内面的同調であっても、人の心が100%Yesな事なんて稀なのですが・・・(^_^;)
 人は皆、迷いと葛藤の中にいるのです(^_^;)


<同調行動(conforming behaviour)>

 内政治家は「みんな」という言葉を用いる事で、同調行動(conforming behaviour)による多数派工作をしようとします。
 同調行動とは、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説によれば以下の通りだそうです。

集団規範,慣習,他者の反応に一致するような行動様式であり,広く人間が行う適応の一形態である。社会が安定していればいるほど同調行動が一般的となる。同調行動を最初に実験により検証したのは M.シェリフであり,S.アッシュがさらに状況が明確な場合について実験を試みた。
(同調行動 とは - コトバンク)

 シェリフ(Muzafer Sherif,1906–1988)は1935年の実験で、暗い部屋で静止した光点を見ていると動いているように見える自動運動現象(参照)が、複数人いると徐々に同じ方向に動いているように見えてくるようになると明らかにしました。
 アッシュ(Solomon Eliot Asch,1907–1996)は1951年の実験で、まず1本の線が描かれた絵を示した後、長さが異なった3本の線が描かれている絵を示し、どれが長いか問う実験をしました。
 その際、被験者の他がサクラとなって誤答をすると、多くの人が答えをそちらに合わせたのだそうです(参照参照)。

<同調行動をとってしまう理由>

 時として、誤りであると思っていても同調してしまう理由について、1955にドイチェ(Morton Deutsch)とジェラルド(Harold B.Gerard)は2つ挙げているようです。
 1つは、正しい判断をしたいという願いから、他者の意見や判断を参考にしようとする「情報的影響」
 もう1つは、他者から好かれたい(嫌われたくない)という願いから、規範との逸脱を避けようとする「規範的影響」(参照参照参照)。

<同調しない義務>

 こういった謀略(笑)を使い、「内政治家」たちは茶飲み話のふりをして、他人への悪口を引き出そうとします。
 「みんな○○さんを嫌っているよ。あなたもそうでしょ?」と。

 アッシュの実験によれば、サクラの中に1人でも同調しない人がいると、32%だった誤答率が1/4まで減少したそうです(参照)。

 別の資料では、5.5%にまで下落したのだそうです。
 統計学的に有意な差なのかもしれませんが、そもそも32%って通常はそんなに高い数値ではないですよね(^_^;)

 だから、僕は人の悪口を言わないようにしています。

 その代わり、心理学や政治や社会問題に擬えてこのブログでぶつくさ言います(^_^;)

 1人でもその場で悪口に反論する人がいれば、その場を悪口大会にしなくて済みます。
 悪口大会になってしまうと、その人への評価が悪い方に固定されてしまいます(参照)。
 それは、大きな損失だと思うのです。

<みんなって何?>

 そもそも、普通の政治家も「みんな」はよく使います。
 「みんな」とは、誰なのでしょう?
 どこからどこまでが、「みんな」なのでしょう?

 あなたのいる、クラスや職場全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、市町村全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、都道府県全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、この日本国の日本国民全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、日本国全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、世界全体が「みんな」なのでしょうか?
 あなたの住む、地球上の生物全体が「みんな」なのでしょうか?

<みんな=自分たち>

 市民運動では、「みんな」の代わりに「市民」や「国民」を使います。
 「市民の声を聞け。」とかね。
 しかし、ここでの「市民」って、「自分たち」の同義語です。

 逆サイドの方々は、「国」とか言うのでしょう。
 でも、ここでの「国」は、少数者を含まない仮想の存在です。

 「みんなの事を考えていない。」
 よく批判的に使われるセリフですが、もう一度考え直してほしいと思います。
 あの人は、自分と違う「みんな」を意識しているのではないのかと。
 そして、自分の考える「みんな」とは誰なのかを。

<「みんな」をなるべく使わないで生きたい>

 しかしよく考えてみると、「内政治家」たちが「みんな」を多用するのは、そんな深謀遠慮があっての事ではないのかもしれません。
 そう、彼らは単に、自信がないだけなのかもしれません。
 「私はこう思う」と言い切る自信がなくて、「みんな」を求めているだけなのかもしれません。

 僕も、つい同調してしまう人間ですが、自分の判断に「みんな」を使うのを少しずつ減らしていけたらと思います。
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