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日本銀行福岡支店建て替えへ
 日本銀行は、2015年1月26日に福岡支店の建物について、「老朽化等を踏まえ現地において建て替えることとし、今般、具体的な設計に向けた手続きを開始しました」と発表しました(参照)。
日本銀行福岡支店
 いかにも古そうですが、日本銀行によると 現建物の建築年月は1951年3月。
 戦後に建てられた、比較的新しい建物です。

<全国の支店でもっとも古い建物?>

 読売新聞に、もう少し詳しい記事が出ていました。

 日本銀行は26日、福岡市・天神の昭和通り沿いにある福岡支店を、老朽化のため建て替えると発表した。築63年を経過して全国32支店の中で最も古い建物となり、解体して同じ敷地内に新支店を建設する。
 日銀によると、福岡支店は1941年12月、現在地近くに開設。51年9月に新築・移転した。日銀の営業所としては戦後初の鉄筋コンクリート造りで、ルネサンス建築様式を採り入れている。
 新支店については現時点では、15~16年度頃に設計を終え、17年度頃に着工、20年度頃に完工する予定。解体は段階的に行い、敷地内に仮設の業務棟をつくるなどして業務に支障がないようにする。26日には設計業者などを選ぶ一般競争入札の内容も公表し、募集を始めた。
(日銀福岡支店建て替えへ 築63年老朽化で・2015年01月27日付読売新聞)

 ちなみに、日本銀行本店旧館本館は1896(明治29)年2月完成(参照)。
 福岡支店よりも38年古いです。

 まあ、それは本店で、記事にも「全国32支店の中で最も古い建物」とあるじゃないかとさらに調べてみると、大阪支店旧館も、1903(明治36)年に建設(参照)。
 もっと古いのもあるじゃん!

<老朽建築物か文化財か>

 恐らく、明治時代に建てられた建物に比べれば、戦後の建物の文化財的な価値は低いという事なのでしょう。
 しかし、それはそれで戦後復興の嚆矢となったってことで、一定の歴史的価値はあるのではないかと思います。

 また、大阪支店は旧館のほかに新しい建物が併設されているようです。
 福岡支店の敷地には余裕があり、建物の横に何やら塀に囲まれた広そうな土地があります。

 素人目には遊休化しているとしか思えないこの土地に新しい建物を建て、現在の建物を残すわけにはいかないのでしょうか。

 それは福岡市の日本銀行に占める地位的に、ちょっと難しいという事なんでしょうか(^_^;)
 福岡市が買い取るには、大規模すぎるでしょうし。
 さらに古い九州大学箱崎キャンパスの歴史的建造物(参照)もやばいですしね(参照)。


<トイレもなくなるようです>

 と、天神地区北側の話を書きましたが、南側でも名物が一つ消えます。

 福岡市・天神の通称「国体道路」沿いの歩道にせり出す形で約40年間設置され、「通りからトイレが丸見え」などの苦情も寄せられていた“名物”の公衆トイレが、2015年度中に取り壊される見通しとなった。市が27日までに、「廃止する方向で検討している」と明らかにした。人通りの多い繁華街のど真ん中にあるものの、使用頻度が減り、近隣で公衆トイレ整備も進んだため。
 市環境局によると、正式名称は「天神2丁目公衆便所」。1974年12月、市が国から警固神社に接する歩道上の用地を借りて設置した。当時の資料は残っていないが、「国体通り沿いには古くから複数の屋台があり、現在ほど夜間使えるトイレもなかったため、設置が必要だった」(収集管理課)。
 さらに、すぐそばには警固神社も鎮座する。屋台を訪れた酔客が粗相することを許してはならない―。そんな判断もあったのかもしれない。1970年代と言えば、屋台は約400軒を数え、最盛期を迎えた。75年には山陽新幹線が博多に乗り入れ、博多大丸が天神にやってきた。天神地下街も76年に開業した。「天神2丁目便所」を利用する人も少なくなく、屋台とともに天神の風景になじんだものになっていった。
 だが、公衆トイレには防犯上の理由で扉は付けられないシンプルなデザインのため、通りから男性用トイレ(2基)が丸見えの状態だった。その後、周辺で商業開発がさらに相次ぎ、天神都心でも特に通行量が多いエリアになった。次第に、市民から苦情や撤去の要望が寄せられるようになった。
 2007年には、国体道路沿いの全ての屋台が移転。12年にリニューアルした近くの警固公園内に大型トイレも完成した。「天神2丁目便所」の使用頻度(水道使用量)は大幅に減っていた。市は「設置している必要性が薄まった」(同課)として、近く始まる市議会で関連予算案が認められれば、年内にも取り壊す方針だ。
 市民からは「近くを通るたびに悪臭がする」といった指摘も出ていた。ただ、このエリア一帯が雨水と汚水をいっしょに処理していることが最大の原因という。「この公衆トイレだけがにおいの元凶とされるのは、少しかわいそう。目立つ存在だから仕方ないが…」と市関係者。
 いずれにしても、酔っぱらって駆け込んだ経験がある方もいるかもしれない。天神のど真ん中で、ある意味「名物」だった公衆トイレが、静かにその役割を終えようとしている。
(福岡都心“名物”の「丸見え公衆トイレ」撤去へ 築40年・2014年1月28日付西日本新聞経済電子版)

 あー。確かに丸見えだわ(^_^;)

 しかし、いつもあったものがなくなるって、寂しいですね。
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