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村瀬学 自閉症―これまでの見解に異議あり! を読んだ
 以前から、「専門家」が描く「自閉症」像に違和感がありました。
 DSMにおける自閉性障害の定義(参照)や、ICDにおける小児自閉症の定義(参照)を見ると、なんだか普通と違う感じがしますが、実際はそうでもないのではないかという思いがいつもありました。

 そんな中、村瀬学 自閉症―これまでの見解に異議あり! (ちくま新書) という本を読んで、自分だけではないんだなぁと思いました。

<みんな自閉症>

 自閉症の方々と長く接している支援者や保護者の方と会話をしていると、周囲の人を自閉症になぞらえることがあります。
 どうも、僕たちはみんな自閉症であるようです。
 自閉症の方々はこんな人だと言われていることって、色々な人に当てはまることが少なくないんですね。

 例えば、自閉症児は車のおもちゃなどを並べて遊ぶのが好きだと言われます。
 ウチの子の一人は、これが年中さんまで本当に好きでした。
 別の子も、一時期はよくおもちゃを整列させていました。

 同じように、車のおもちゃを見ると、逆さにしてタイヤをくるくる回して遊ぶのが好きだともよく言われます。
 見立てての遊びや、ごっこ遊びが苦手だからだということらしいです。
 これも、ウチの子の一人が3歳くらいの時にやっていました。

 よく言われるのが、バイバイと手を振る時に相手に手の甲を見せて振るというのがあります。
 これは、自分の視点から周囲がやっているバイバイを真似ているからだと説明されています。
 これらはピアジェ(Jean Piajet,1896-1980)のいう自己中心性(参照参照)と同根です。
 手の甲を見せて手を振らなくても、相手の視点が想像できない段階は誰にでもあるのです。
 だって、クレヨンしんちゃんのように「おかえり」と言って帰ってくる子はたまにいるでしょ?
 ウチの子どもも一人、3歳くらいでやっていました。

 ピアジェは、「各々の段階が生じる順序は一定で、段階の生じる年齢には個人差があっても、順序は変わらない」(参照)としているようです。
 知り合いの研究者は、自閉症者はこの順序が一定ではなく、そこが「定型発達」者と違うのだと話していました。

 出かけるときに、家の戸締りや火の始末を、決まった順序で確かめる人は結構いるでしょう。
 ひとたび「自閉症」だと言われると、その確認は「常同行動(参照)」とか「特定の、機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわる(参照)」とか言われてしまいます。

 「常同行動」は抱えている不安を軽減するために、慣れたことをしようとしているのだ。
 僕の元先輩は、そのように解説していました。
 そう考えると、「常同行動」は別に自閉症者の専売特許ではなくなります。
 見通しが立たないと不安定になるのは、僕らも同じです。

 災害心理学には「正常性バイアス(Normalcy bias・参照)」という言葉があります。
 災害や事件等の際、情報を無視又は軽視して自分は安全だと思い込んでしまう事らしいですが、そういったものがある自体、僕たちが一般的に有事が苦手だってことなのではないでしょうか。
 僕たちだって、できれば毎日同じように過ぎてもらいたいのです。

<「専門家」への違和感>

 村瀬さんも書いていましたが、僕も「自閉症者は人と目を合わせない」という専門家に違和感がありました。
 そういったことを言う専門家は、ラポール(rapport=信頼関係・参照参照)を形成するほどの関係まで接する必要がないのだろうと思います。
 日常的に接していれば、見つめ合う事なんてしょっちゅうです。

 むしろ、親しくない相手の目をお義理で見つめる事や、あまり見つめすぎると失礼だから目をそらすといったことができないだけなのだろうと思います。
 まあ、子どもだって同じですけどね(^_^;)

<みんな構造化が心地よい>

 自閉症者の支援の方法として、「構造化(Structure)」というのがよく言われます。
 これは、アメリカ合衆国ノースカロライナ州のTEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren)が提唱した、自閉症の方々に「周囲の環境の意味を分かりやすく整理する方法」なのだそうです。
 具体的には、物理的構造化や、時間的構造化や、視覚的構造化などが挙げられています(参照参照)。
 しかしこれらは、自閉症に限った支援方法ではありません。
 小学校では、(特に低学年では)教室前方の飾りつけはあまりしない方が良いと言われます。
 それは、授業中に気が散ってしまうから。
 これは、物理的構造化と似た発想です。
 また、授業の流れや黒板の書き方を共通化する試みも一般的です。
 これらは、時間的構造化や視覚的構造化と似た発想です。

 現在の(少なくとも鹿児島県の)小学校は、(個別化はされていませんが)構造化と極めて似た学習支援が行われているのです。

<支援方法の特殊性と普遍性>

 そういった中、自閉症者への支援方法は特殊だなと思う点があります。
 自閉症者の支援では、応用行動分析(ABA:Applied Behavior Analysis)と呼ばれる手法が多く使われます。
 基本的には、行動主義心理学(参照)のオペラント条件づけ(operant conditioning・参照参照)の派生形のようです。
 その表れが、強化子(Reinforcement・参照)というもの。
 一般的に、正の強化子というと行動への報酬を表し、負の強化子というと行動への罰を表します。
 しかし、報酬や罰によって形成された行動は、報酬や罰が無くなると消えてしまう危険性があります(参照参照参照)。
 僕の知っているある利用者さんの場合、報酬がなければやらないという状況から脱却するのに、5年以上かかっています。
 もっと幅広い立場から、自閉症者への支援への助言があればと思う事が多々あります。


<だからこその「自閉症スペクトラム」>

 著者は、インタビューで「私たちの記憶や行動の力、あるいは不思議さと、地続きだと考えていくべきなのです(参照)」と話しているようです。
 実際に自閉症者と接していると、本当にそうだなと思います。

 しかし、本来それは常識であるはずなのです。
 PEP(PsychoEducational Profile)やCARS(THE CHILDHOOD AUTISM RATING SCALE)のような自閉症診断テストも、類型論ではなく特性論に基づいて作成されています(参照)。
 つまり、「定型発達」者にだって、自閉症者と共通の特徴を(程度の差はあっても)持ってるかもって事なのです。
 だから、「自閉症スペクトラム」と言うわけですし。

<本書への批判に思う>

 で、僕にとってはモヤモヤを代弁してくれた本書ですが、結構毀誉褒貶があります(参照)。
 その中で、「著者の主張のベースには、要は非常に古臭い、自閉症への精神分析アプローチへのノスタルジーがあり、そういった古い立場を駆逐しつつある、TEACCHやABAといったより科学的なアプローチへの反感から、「異議あり!」という申し立てをしたいのだ、という構図が浮かび上がってきます。」という指摘がありました。
 しかし、TEACCHやABA自体も、ベースはオペラント条件づけですから考え方とすれば(「より」なんて付けようが)新しいとは言えません。

 現在の心理学の主流は、認知主義だと言われています(参照)。
 ただ、行動主義心理学のS-R理論(Stimulus-Response Theory)から派生した新行動主義のS-O-R理論(Stimulus-Organism-Response Theory)は認知主義に近い(参照)ですし、広い意味では方法論的行動主義の一つになる(参照)ようです。

 前掲したとおり、それ以外の立場の新しい知見が支援に取り入れられることは少ないですしね。

 行動主義のベースは、目に見える行動を研究することが科学的だという考え方だと思います。
 つまり、心の内部のような目に見えないものを考えるのは、非科学的というわけです(参照)。
 しかし、行動の観察を通して心の内部を考えるのは、新行動主義以降の現在の心理学の主流です(参照参照)
 そう考えると、自分の経験から内部を考えて書かれた本書も科学的でないとは言えないわけです(^_^;)

 確かに(僕のブログ同様に)独りよがりな感じもしますが、行動主義心理学では「なぜそうするのか?」という心の中身に迫ることができません。
 そういった意味では、本書のようなアプローチが出てくるのはむしろ自然です。
 こういった本がたくさん出て、様々なモデルを提示してくれるといいと思います。

 我々は、その中で矛盾が少なそうなものを採用するだけですから(^_^;)


 以前から、自閉症の中核は何だろうという疑問がありました。
 例えば、熱が高く、鼻水が出て、喉が痛いから風邪だと診断されるような感じで、こういう行動をしているからこの人は自閉症ですと言われます。
 でも、そういった行動が起きるのはなぜだろうという疑問がありました。
 知識があると思い込んで、「特性」の意味を考えない事が多いように思うんですよね。

(参照)
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