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 元々は鉄道ブログです。
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フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」を再読した
 Windows10。
 ダウンロードできるようになりましたね(参照)。

 宮地岳線部分廃線の際にも話題になっていた、沖ノ島の世界遺産登録。
 一応、2017年の国内候補に内定したようです。

 国の文化審議会は28日、2017年に世界文化遺産登録を目指す国内候補として「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県宗像市、福津市)を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦することを決めた。政府は近く関係省庁連絡会議を開き、正式決定する。
 「宗像・沖ノ島」は4~9世紀の古代祭祀(さいし)の変遷を示す遺産群で、宗像市の沖ノ島や宗像大社中津宮、福津市の新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群など5件で構成する。
 沖ノ島は島自体が信仰の対象。約500年にわたって海外交渉の成就や航海の安全を祈る国家的祭祀が営まれ、現在に信仰が受け継がれている。金製指輪や銅鏡など約8万点の出土品は全て国宝に指定され、「海の正倉院」と呼ばれる。
 審議した西村幸夫東大教授は記者会見で「古代祭祀の跡、東アジアにおける海を越えた交流が、ほぼ手付かずの状態で残されているのは世界的にもまれ。古代からの人の軌跡が目に見える」と価値を説明した。
 政府は9月末までに暫定の推薦書、16年2月1日までに正式の推薦書をユネスコに提出する。ユネスコの諮問機関は16年秋ごろに現地調査をして、17年春ごろに登録の可否をユネスコに勧告。ユネスコは17年夏の世界遺産委員会で登録を審査する。
 16年の世界遺産委員会では「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県、熊本県)が審査される。
 他に国内推薦候補となっていた「北海道・北東北の縄文遺跡群」(青森など4道県)と「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」(新潟県)、「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)は保存管理計画などが不十分として選に漏れた。
(宗像・沖ノ島(福岡)が世界文化遺産候補に 2017年登録へ、文化審議会 [福岡県]・2015年07月29日付 西日本新聞朝刊)

 とりあえずは、おめでとうございます。

 さて、 以前読んだグレート・ギャツビー(The Great Gatsby)を再読しました。

<キャラウェイの気持ちはなんとなくわかる>

 と言うのも、前回単なるストーカー小説にしか読めなかったからです(参照)。
 ロストジェネレーション(参照)の文学とかカッコイイ呼ばれ方をしているこの名作。
 些かカッコワルイ団塊ジュニア(参照)世代としては、理解しようがないのかもしれません。
 それではなんだか、寂しすぎる。

 で、今度は青空文庫で読んでみました(青空文庫で読む)。
 冒頭が、こんなに僕の気持ちにピッタリくるものだったとは思いませんでした。

 ぼくが今より若くて今より傷つきやすかった時代に父から受けた一種の忠告を、ぼくは何度も心の中で繰りかえしながら生きてきた。
「他人のことをとやかく言いたくなったときはいつでもね、この世の誰もがおまえほどに恵まれた生き方をしてるわけじゃないと思い出すことだ」
 父はそれ以上何も言わなかったものの、ぼくと父とは、他人行儀なやりかたで異常なほど意思を伝え合ってきたから、父はこの言葉にもっと大きな意味を含めているのがよく分かった。結果として、ぼくはどんなときでも判断を保留したがるくせがつき、そのおかげで一風変わった連中の気持ちも理解できたし、また、退屈きわまりない連中が2、3人と言わずぼくにつきまとったりしたのも、このくせのせいだろう。人並外れた精神は、人並みの人物がこの心がけを見せると、たちまちそれを察知し、誼を通じようとするものなのだ。それで大学では、あいつは策士だなんて不当な非難を浴びたりもした。というのもぼくは、よく知りもしない乱暴者たちが胸に抱えこんだ苦悩を知っていたりしたからだ。

 いやなるほど。
 ニック・キャラウェイさんが、僕の心のもやもやをはっきりとした言葉にしてくれる(参照)のは分かりました。

<でもギャツビーさんの評価は相変わらず>

 でも、ジェイ・ギャツビーさんは、未だにただのストーカーとしか思えません。
 無垢(innocent)だ無垢だと言いますが、恋愛において幾多の条件の違いを乗り越えてやり直せるという信念は、まさにストーカーです。

「その中ギャツビーは『過去の再現ができないわけないじゃないか』と迷いなく言います。失敗してもリセットしてやり直せるというのをイノセント(無垢)に信じているのです。その姿は経済最優先の中、失敗を繰り返しながらも進んで行く超資本主義国家のアメリカにとって希望の物語として魅力的に映るんだと思います。これからも折につけ映画化され続けると思いますよ」
(参照)


<でもストーカーは1人ではない>

しかし、ストーカー気質はギャツビーだけでなく、ヒロインであるデイジーの現在の夫であるトム・ブキャナンにも当てはまるのだと気づきました。

「気違いが!」トムが怒号した。「5年前になにがあったのか、それはわからん。そのころはまだデイジーのことを知りもしなかったのだからな――あんたがどうやってデイジーに近づいたのか、知りたいとも思わん。どうせ汚らわしい手に決まってる。じゃなきゃあ、勝手口に食品を届けたくらいのもんだろう。だがな、その他はみんな嘘も嘘、大嘘だ。デイジーは結婚したときおれを愛してたし、いまだっておれを愛してる」
「違う」と、ギャツビーはかぶりを振った。
「違うものか。問題は、デイジーがときどき馬鹿げたアイディアを思いついて、それで自分が何をやってるのか知らないままに動いちまうってことなんだよ」トムは賢しげにうなずいた。「それに、おれはデイジーを愛してる。ときにはつまらない馬鹿騒ぎに飛びこんで馬鹿をやるが、いつだってデイジーのもとにもどってきた。心の中では片時もデイジーへの愛情を忘れたことはなかった」
「ふざけないで」とデイジーが言った。そしてぼくのほうに向き直り、1オクターブ低い声を発して、冷汗の出るような嫌悪感で室内を満たした。「わたしたちがどうしてシカゴを出るはめになったか、聞いてる? もし聞いてなかったらびっくりね、そのつまらない馬鹿騒ぎとやらの話を」
ギャツビーは足を進め、デイジーのそばに立った。
「デイジー、それはみんな終わったことなんだ」と、熱をこめて言う。「もうそんなことは問題じゃない。さあ、本当のことを教えておやりなさい――あの方を愛したことなどない、と――それですべてが永遠に片付きます」
デイジーが瞳を暗くしてギャツビーを見返す。「ねえ――わたしにあのひとを愛せたわけがないじゃない?――どうあがいたって」
「あなたはあの方を愛したことなど決してないんです」
デイジーはためらった。すがりつくみたいな眼差しをジョーダンに、それからぼくに落とす。あたかも、いまになってようやく自分がなにをしようとしているのかに気がついたかのように――しかもそれまで、いつの時点であっても、何一つするつもりがなかったかのように。けれども、もうことは起こった。手遅れだった。
「わたしはトムを愛したことなんて決してない」しぶしぶながら、というようすが見え見えだった。
「カピオラニでも?」とトムが不意に尋ねた。
「そうよ」
階下のダンス・フロアから、熱波に乗って、くぐもった、息苦しい協和音が響いてきた。
「あの日、パンチ・ボールでおまえの靴を濡らしてしまわないように抱きかかえてやったときも?」その声には、空疎な優しさがこめられていた……「デイジー?」
「もうやめて」冷たい声ではあったけれど、憎しみはもはや失われていた。デイジーはギャツビーを見つめた。「これでいいでしょ、ジェイ」と言うには言ったデイジーは、煙草に火をつけようとした。震える手で。突然、デイジーは煙草と燃え盛るマッチを絨毯の上に投げ捨てた。
「ああ、あなたは多くを求めすぎる!」とデイジーは叫ぶように言った。「いまわたしはあなたを愛してる――それで十分でしょ? 昔のことはどうしようもないんだから」そして、頼りなくしゃくりあげはじめた。「トムを愛していたことだってあったのよ――でも、あなたのことも愛してた」
ギャツビーが大きく目を見開き、閉ざした。
「私のこと『も』愛していた、と?」ギャツビーが繰りかえした。
「それさえも嘘だ」と、トムが荒々しく言った。「デイジーはおまえが生きていたことを知らんかったんだからな。そうだ――デイジーとおれとの間には、おまえには決して知りようのないことだってあるんだぞ。おれたち2人とも、絶対に忘れようのないことが」
その言葉がギャツビーの肉体を切り裂いたかのように見えた。
「デイジーとふたりきりで話がしたいのですが」とギャツビーが言った。「いまデイジーは、とにかく興奮していますから――」
「ふたりきりになってもトムのことを愛したことがないなんて言えない」と、デイジーは哀れみを誘う声で告げた。「それは本当のことじゃないんだもの」
「あたりまえだ」とトム。
デイジーは夫に向き直った。
「あなたになんの関係があるっていうの」
「あるに決まってるだろ。これからもずっと、おまえをよりよく世話していってやるつもりなんだから」
「分からない人ですね」と、ギャツビーがかすかに焦りを見せ、言った。「あなたはもうデイジーの世話をしていくわけにはいかないんです」
「それはまた」と、トムは目を大きく見開き、笑った。いまのかれには自分をコントロールする余裕が生まれていた。「どういうわけで?」
「デイジーがあなたを捨てます」
「馬鹿馬鹿しい」
「本当のことよ」と、デイジーが見るからに苦労しながら、そう言った。
「デイジーはおれを捨てはせん!」トムの声が、不意に、ギャツビーにのしかかるように響いた。「デイジーの指にはめる指輪だって他人のものを盗まなきゃならんようなありふれた詐欺師のために、おれと別れたりするものか!」
「こんなの、もう我慢できない!」とデイジーが叫んだ。「ねえ、出ましょう」

 なんだか、どっちも相手の気持ちが自分の想像通りだと疑いません。
 自分の事を自分勝手に愛している男たちに取り囲まれる・・・。
 メリーに首ったけ(公式)状態です。

 この辺りでは、デイジーのような白黒はっきりしない気持ちの人の方が、僕は感情移入しやすいです(^_^;)


<でも結局、みんな自分勝手>

 まあしかし、キャラウェイさんは、ギャツビーさんとトム、デイジーの間には違いがあると感じていたようです。

かれを許す気にも、好きにもなれなかった。だが、かれがやったことは、かれにとっては、全面的に正当なものだったわけだ。なにもかもがとても不注意で、とても混乱していた。不注意な人々、トムとデイジー――物も命も粉々に打ち砕いておいて、さっさと身を引き、金だか底無しの不注意さだか、とにかく2人を結びつけているものの中にたてこもった。そして、自分たちが生み出した残骸の後始末を他人におしつける……

 確かに、後始末を自分の責任でしようとしていたのはギャツビーさんだけでした。
 でも、それも相手の役に立っているという自己満足とも取れます。

 僕もそんなところがありますから(^_^;)


<なぜか思い出すPM理論>

 「やってもらって当然」

 誰しも陥りやすい罠です。
 そういう場合だと、自分が相手にどのように思われているか、把握するのが難しくなります。

 そうだ!ソシオメトリックテスト(sociometric test)をして、己の人気のなさを自覚してもらおうと、最近ある局面で考えてみました。
 ソシオメトリック・テストとは、アメリカの精神分析医のヤコブ・モレノ(Jacob Levy Moreno,1889.5.18-1974.5.14・参照参照)が考案したテストです。
 主に学校で学級内の集団等の把握に使われます。
 好きな友達とか嫌いな友達を名指しするアンケートを使いますので、今やったら結構問題になりそうな代物です(参照参照参照)。

 しかしこれを職場でやったとすると、公式な地位との乖離が激しそうですよね。

 リーダーシップ理論の一つに、PM理論(PM Theory)というものがあります。
 福岡県出身で古賀市で亡くなった心理学者三隅二不二(1924.3.21-2002.5.31・参照)が提唱したものです。
 PMのPはPerformance function(目的達成機能)の略で、MはMaintenance function(集団維持機能)の略です。

 この理論では、PとMの両側面からリーダーシップを分析します。
 PとMが共に大きいPM型は、「目標を明確に示し、成果をあげられると共に集団をまとめる力もある理想型」とされています。
 Pは大きいが、Mが小さいPm型は、「目標を明確に示し、成果をあげるが、集団をまとめる力が弱い」タイプです。
 反対に、Pが小さくMが大きいpM型は、「集団をまとめる力はあるが、成果をあげる力が弱い」タイプです。
 PM両方とも小さいpm型は、「成果をあげる力も、集団をまとめる力も弱い」タイプです(参照参照参照参照)。

 成果主義が色濃くなってきているような現在。
 きっと、Pが大きい人が重用されるのでしょう。
 でも、Mが小さければ、集団の成員からの人気はそんなに高くはならないでしょう。
 そうなると、排斥児的なリーダーとかスター的な万年ヒラとか結構出てきそうです。

 大人の世界って、難しい(^_^;)

 まあ、僕は孤立児か、良くて周辺児でしょうね・・・。


 ギャツビーがグレートなのは、「自分たちが生み出した残骸の後始末を他人におしつける」ことを潔しとしないところなんでしょうか。
 自分自身と重ね合わせて、そう今回は思いました。

 今回読むにあたって、様々な感想に目を通してみました。
 そんな中、「信頼できない語り手(参照)」という言葉と「第四の壁(参照)」という言葉を目にしました。
 両方とも便利なので、今後使おうと思います(^_^;)

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Keyword : 心理学 教育

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