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成長なんてしたくない
 国立大学の文系学部が無くなるかもと言われています(参照参照参照)。
 この2015(平成27)年6月8日付の「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知は、第3期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会(第10回) 配付資料というページにありましたので、読んでみました。

 問題になっているのは、以下の部分のようです。

(1)「ミッションの再定義」を踏まえた組織の見直し
 「ミッションの再定義」で明らかにされた各大学の強み・特色・社会的役割を踏まえた速やかな組織改革に努めることとする。
 特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。
(国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて)

 ちなみに、鹿児島大学のミッションの再定義はこちら
 ところが、なぜかリンク切れです。
 一応、文部科学省のサイトには掲載されてます(参照)ので、そちらを見ればいいようです。

 医学部門はこちら。工学部門はこちら。教員養成部門はこちら。理学部門はこちら。農学部門はこちら。人文科学部門はこちら。社会科学部門はこちら。保健系部門の歯学はこちら。看護学・医療技術学はこちら

 教員養成分野のミッション再定義を見てみると、鹿児島県の教員をいかに養成するかが延々と書かれています。
 坐して少子化による廃止命令を待っているような感じです(参照)。
 まるっきり、やる気(参照)が見られませんorz
 恐らく、この鹿児島大の反抗的な態度が文科省の逆鱗に触れたのでしょう(^_^;)


<希望は大切らしい>

 さて、先日、久しぶりにショーシャンクの空に [DVD]を見ました。
 希望って、大切ですね。

 フランクル(Viktor Emil Frankl,1905.3.26-1997.9.2)の夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録だったかそれでも人生にイエスと言うだったかにも書いていましたが、人間は希望を失うと命に係わるそうですね。

<でも、「頑張ってる」って、だれが決めるの?>

 でも、僕は、夢なんて嫌いです。

 夢を追って故郷から東京や大阪に行く主人公ばかりの朝の連続テレビ小説は、嘘っぱちだと思います。

 目標なんて、立てたくありません。
 今日よりいい明日を目指していくくらいしか、僕にはできないと思っています。

 なぜ、目標を立てるのかといえば、多くの場合、社会的な要請があるからです。
 学費をせびるために東大を目指すとか、出資金を募るために事業計画を作るとか、税金を分けてもらうために個別支援計画(参照参照)を作るとか。
 多くの場合、目標は誰かを納得させるために作られます。
 そうなると、目標の価値を決めるのは誰なのかということになります。

 だから、目標を立てると、それが自分のものではなくなってしまう気がするのです。
 自分のために自分の目標を立てられるようになるためには、ひとかどの人物にならないといけないのでしょう。
 僕には無理です。

<目標を選んでいるのは誰?>

 もっと悲惨なのは、子どもたちでしょう。
 子どもの場合、自分で目標を選び取るのは難しいと思われています。

 だから、社会的なコンセンサス(と周囲の大人が思っているもの)に基づいて目標を押し付けることになります。
 いわゆるパターナリズム(paternalism)(参照)ってやつですな。

 でも、子どもはやがて、大人になれます。
 もっと悲惨なのは、知的障害者なのかなぁと考えることがあります。

<国の示した目標を選ばせる必要性>

 どうも最近は、一般就労できる人は一般就労すべきであるという流れのようです(参照参照)。
 なんだかんだ言って、より稼げるようにした事業所への報酬が手厚くされています。

 あらゆる人の可能性を追求するってのは、美しいです。
 全ての人は、一生涯発達、成長し続けるってのは、素晴らしい考え方です。
 でも、実際のところは、障害者が少しでも多く一般就労できれば、税金が節約できるってのが動機でしょう。

 稼げるということは、社会参加なのは間違いありません。
 稼げるということが、生活の質を向上させるのも間違いないでしょう。
 総合的に考えて、稼げることが本人の可能性を広げるのもその通りだと思います。

 ただ、本人が自ら稼ぐことを望むにはどうすればいいのか。
 そこが問題だと思います(参照)。

 もっと言えば、「稼がなくてよい」とか「今のままがいい」という希望があった場合、どうするのか?
 それはニーズ(needs)ではなくて、デマンド(demand)だとか言う人もいるでしょう。
 しかし、その捉え方が、サービス事業者側の都合や、支援者の自己満足でないと誰が言えるのでしょう。

 そういう懸念を打破するためには、多様な考え方の支援者が自由に意見を出し会う必要があるのでしょう。
 要は、多様な人材育成の場を維持した方が良いんじゃないかなぁという意見です。
 一見、無駄の塊の国立大文系出身者のような人材も含めて。

 それ以前に、そこまで考えるだけの料金は払われていないのではないかという疑問(参照参照参照)もありますが(^_^;)

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