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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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 自分の興味が向いたものを、自分勝手に調査しています。
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なぜ貴方の部下は無能揃いなのか
 以前、当時の上司から、次に引き継ぐの人の事を考えて仕事をするようにと言われたことがあります。
 確かにその通りだと心掛けていて気付いたのは、そういうことを言う人に限ってそうしていないということ。

 そんな事を簡単に言える人って、他人の事を考えるのがいかに難しいのかを理解していない人なのだと気づきました。
 ただ、自分に気遣いが欲しいというだけの事なのだと思ってしまいました。
 まあ、僕の当時の職場がダメダメだっただけのかもしれませんが(^_^;)

 でも、最近も似たようなことを考えます。

 空気を読めって言う人がいます。
 でも、そういう事を言う人って、「空気を読めない人」を理解できない人です。
 「空気を読めない人」を理解しようとしない人です。
 「空気を読めない人」の空気を読めない人と言ってもいいでしょう。

 こうして、沈黙の螺旋(Spiral of Silence:参照)によって、多数派や声の大きい人たちの「空気」だけが「空気」になり、僕らはサイレントマイノリティ(silent minority)になってしまうんですね。
 きっと。

 さて、この世には部下に恵まれないとぶつくさ言ってる人がいます。

 
<部下が無能揃いになる理由>

 部下が無能揃いになってしまう理由は、いくつか考えられます。
 ひとつは、上司の要求水準が高すぎる場合。
 どんな部下が来ても、(自分の無能さは棚に上げて)低い評価ばかりすれば、(上司にとって)無能揃いの部署になります(関連)。

 ふたつめは、本当に無能な部下ばかり配属される場合。
 人事から部下への教育力を評価されているのか、人事から嫌がらせを受けているのか、会社の待遇が悪くてまともな人材が集まらないのかは知りませんが、そういった可能性はなくはないでしょう。

 そして、みっつめは、上司が部下を無能に育ててしまう場合。

<上司って難しい>

 教育とは、単純なものでありません。
 馬に水を飲まそうと川辺に引っ張って行っても、馬が水を飲む気にならなければ飲ませることはできません。
 人にある行動をさせようとして頭ごなしに論破しても、反発されるだけでしょう(関連)。

 そもそも、傍から見た方が岡目八目でよく分かることはあります。
 ある方法が正しいと分かっていても、諸般の事情で諦めている事もあります。

 現場の人を論破するのは、そういったことを指摘すれば簡単な事です。
 でも、その方法で現場の人たちを納得させるのは、反発を招くこともあってとても難しいのです。

<期待が人を育てる>

 ピグマリオン効果(pygmalion effect)という言葉があります。
 「教師の期待によって学習者の成績が向上すること」を表した心理学用語で、1964年にアメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタール(Robert Rosenthal,1933-)の実験によって明らかにされました(参照)。
 それって、子ども相手の研究やんという反論もあるでしょうが、期待するのって大事なのかなと思います。

 以前も(関連)書きましたが、人を動かすには、相手への尊敬の念が大切なのだなぁと思います。


 子育てをしていると、子どもたちが自分のかけた言葉通りに成長するのに驚かされます。
 ローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlberg, 1927-1987)は、彼の道徳性発達理論の中で、道徳性の発達を以下の6段階に分類しています。

1.慣習以前のレベル
第一段階=罰と服従への志向
罰の回避と力への絶対的服従がそれだけで価値あるものとなり、罰せられるか褒められるかという行為の結果のみが、その行為の善悪を決定する。

第二段階=道具主義的相対主義への志向
正しい行為は、自分自身の、また場合によっては自己と他者相互の欲求や利益を満たすものとして捉えられる。具体的な物・行為の交換に際して、「公正」であることが問題とされはするが、それは単に物理的な相互の有用性という点から考えられてのことである。

2.慣習的レベル
第三段階=対人的同調あるいは「よい子」への志向
善い行為とは、他者を喜ばせたり助けたりするものであって、他者に善いと認められる行為である。多数意見や「自然なふつうの」行為について紋切り型のイメージに従うことが多い。行為はしばしばその動機によって判断され、初めて「善意」が重要となる。

第四段階=「法と秩序」の維持への志向
正しい行為とは、社会的権威や定められた規則を尊重しそれに従うこと、すでにある社会秩序を秩序そのもののために維持することである。

3.脱慣習的レベル
第五段階=社会契約的遵法への志向
ここでは、規則は、固定的なものでも権威によって押し付けられるものでもなく、そもそも自分たちのためにある、変更可能なものとして理解される。正しいことは、社会にはさまざまな価値観や見解が存在することを認めたうえで、社会契約的合意にしたがって行為するということである。

第六段階=普遍的な倫理的原理への志向
正しい行為とは、「良心」にのっとった行為である。良心は、論理的包括性、普遍性ある立場の互換性といった視点から構成される「倫理的原理」にしたがって、何が正しいかを判断する。ここでは、この原理にのっとって、法を超えて行為することができる。
(参照参照参照)

 子どもにとっての価値基準は、親や教師など。
 その期待に応えようとしてしまうんですかね。
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