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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
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虐待問題 資格で解決できるのか
 ちょっと面白い記事を読みました。

 “ついに”と言うべきか、“やはり”と言うべきか……2月19日に狩野英孝と加藤紗里の破局報道を受け、一応の終息を迎えそうな “狩野英孝六股疑惑”。年明けより重大かつ濃厚なニュースが連発する中、なぜか当事者である狩野へのバッシングが少ないこの騒動。『白熱ライブビビット』(TBS系)のキャスター・国分太も、一連のSMAP問題では苦渋に満ちた表情で重いコメントを発していたが、今回は「安心して語れるニュース」と語ったように、確かに気楽に面白がれるネタではあった。なぜ狩野ばかりがモテるのか? なぜこのネット社会でバッシングを受けないのか? と素朴な疑問もわいてくる。

◆加藤の強烈なキャラと売名疑惑から、逆に世間は狩野擁護へと傾いた

 そもそも狩野が“イケメンキャラ”をウリにした芸人であったことは大きいだろう。「ラーメン、つけ麺、僕イケメン」と臆面もなく言い放つ狩野に、視聴者はすでに“脱力”させられているのだ。今となっては過去の話だが、2月9日の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)では、元レースクイーンでモデルの加藤紗里との交際を認め、歌手・川本真琴とは「お別れしまして。今、新しく彼女と(つき合っている)」と二股を否定。複数の女性が狩野と交際してると名乗り出たことについて聞かれると、「事実なんですけど」とあっさり告白。「僕も尻の軽い男なんで。心当たりのある方、すみませんでした!」と頭を下げ、公開謝罪したのだ。
 こうなると、いさぎのよさでもイケメンぶりを見せつけたとも言え、スピードワゴン・井戸田潤は、「狩野は(自分で)イケメンって言っているくらいなので、モテないとしょうがないでしょ。いっぱいモテていいじゃない」とフォロー。オリエンタルラジオ・藤森慎吾も「素直に拍手したい」と言い、“チャラ男キャラ”を奪われても、「あれは英孝さんにしかできない」と“完敗宣言”までしたのである。あの梅沢富美男でさえ「彼は独身だから、遊んでもいいんだよ」と援護した。
 また今回は登場キャラが濃すぎて、狩野の浮気自体が霞んでしまった感もある。加藤紗里も無名だっただけに、逆にファーストインパクトが強烈で、ちょっとでも触れたら火傷するようなフェロモンがいっそう目立っていた。実際、先の『ロンドンハーツ』放送後、有吉弘行はラジオ番組『有吉弘行SUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系)で、「俺は絡みたくないね」と本音を吐露。また『上沼・高田のクギズケ!』(読売テレビ系)でも、番組の冒頭で司会の上沼恵美子が狩野に“公開説教”し、「開いた口がふさがらない」「(加藤は)ウソつきやで。売名行為やで」「こんな女、別れなさい」と厳しい言葉を浴びせたのだ。世間の批判の矛先も自然と加藤に向かったわけだが、破局した現在、狩野は加藤のおかげでバッシングを逃れたとも言え、加藤も知名度を上げることができたので、いわば“両成敗”といったところか。

◆交際相手が清純派タレントであれば、スキャンダルは命取り

 一連の騒動の発端となった川本真琴は、1996年に「愛の才能」でデビューすると一世を風靡。ショートカットでギターを弾きながら絶妙にエロい歌詞を歌う姿は、“ナチュラル”でかわいいと絶賛された。いずれにしろ、ふたりのうちのどちらか、六股のうち誰かに“国民的清純派アイドル”がいようものなら、狩野の“芸人生命”は終わっていた可能性もあったのだ。ベッキーの例を持ち出すまでもなく、普段から“清純”“清潔”のイメージをウリに活動する女性タレントであれば、“不倫”や“浮気”のスキャンダルは命取り。視聴者からの“裏切られた感”はまだしも、CM出演している場合は、契約解除や損害賠償訴訟にまで発展するおそれもある。当然、相手の男性にもダーティーなイメージがつき、その後の芸能活動にも多大な影響を及ぼすだろう。その点でも、狩野はラッキーだったと言えるかもしれない。
 さらにポイントとしては“タイミング”もあげられる。狩野は2014年に離婚し、独身。そして視聴者にとっても、ドロドロかつヘビーな事件が続いた合間だったというタイミング。『ワイドナショー』(フジテレビ系)でも、松本人志が狩野問題に関しては「どうでもいい」と言い、芸能レポーターの井上公造氏も「箸休め」と称したが、実際視聴者のほうも、そろそろ安心して楽しめる“出来事”を欲していたようなタイミングだったのだ。だからこそ、騒動を必要以上にバカバカしくチープに捉えた結果、世間が逆に“バカ負け”したということなのかもしれない。
 また、狩野が以前から女好きの天然キャラであったことは皆が知るところで、狩野もそれを全面的に認めた上で謝罪した。そういった意味では、清純派で誰からも愛されるベッキーが、微妙な謝罪をしたことでかえって火に油を注いだことに比べると、まさに正反対の結果になったわけである。してみると、今回は芸人・狩野が普段から見せている“天然ぶり”が最大に功を奏したとも言えるだろう。芸能人は自分のイメージからブレないことがいかに大切かを思い知らされるが、たとえそれがどんなイメージであっても、本来の自分のキャラであるならば、あくまで正直に貫き通すところに“許され力”が働くのかもしれない。そういう意味では、“絶妙なタイミング”を持ち合わせている狩野だけに、今後も何かしらの話題を提供してくれることだろう。
(視聴者も“バカ負け”? 六股報道の狩野英孝はなぜ許されるか?)

 僕も結構失敗する方ですし、まあダメ人間ですが、結構色々許されてるなぁと思います。
 十数年前はそうではなく、何かすれば叩かれるって状態でした。

 「何をしたか」ではなく、「誰がしたか」が重要なんでしょうね。

<有料老人ホーム元職員が殺人容疑で逮捕>

 さてそんな中、恐らく誰がやっても許されない事件が起きました。

 高齢者を預かる施設への信頼を揺るがす事件と言えよう。
 入所者がベランダから転落死する事件が相次いだ川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」の元職員の男が、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された。
 事件は2014年11月から12月にかけて3件続き、夜間から未明の時間帯に80~90歳代の男女3人が死亡した。23歳の元職員は、いずれの日も当直勤務だった。
 逮捕容疑は、1件目の被害者の殺害だ。調べに対し、元職員は「抱き上げて、投げ落とした」などと容疑を認めている。
 供述が事実であれば、なぜ殺意を抱いたのか。虐待などの予兆はなかったのか。元職員は、介護の仕事に「嫌気がさした」とも供述しているとされる。県警は、動機や経緯を詳細に解明し、再発防止につなげねばならない。
 元職員は他の2件に関する話もしているという。3件とも目撃者はおらず、防犯カメラの映像なども残っていない。自白頼みの捜査に陥らぬよう、供述の慎重な裏付けが何より重要である。
 事件を巡り、捜査の問題点が明らかになりつつある。所轄の幸署が県警本部に転落死の連続発生を報告したのは、3人目の死亡者が出た後だった。3件は、個別の変死事案として処理され、司法解剖などは行われなかった。
 介護の必要な高齢者が、ベランダの高さ1メートル以上の柵を乗り越えて転落するのは、不自然ではないか。事件性を疑い、早期に本格捜査に着手すれば、その後の発生を防げたかもしれない。
 元職員は昨年、入所者の現金や貴金属狙いの窃盗を繰り返したとして逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。別の元職員も入所者への暴行罪で起訴された。
 施設の運営会社の親会社は、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などを手広く展開する介護サービス業界の大手だ。信頼して入居した利用者や家族らは、裏切られた思いだろう。
 職員の管理体制に問題がなかったのかどうか、施設の運営状況についての検証が必要だ。
 介護施設の職員によるトラブルは後を絶たない。14年度に確認された施設での虐待は、過去最多の300件に上った。
 背景として、かねて指摘されるのが、介護現場の深刻な人手不足だ。知識や経験の乏しい職員も雇用せざるを得ない実態がある。
 職員教育の見直しと、外部からの監視強化が急務である。
(川崎連続転落死 介護の現場で何があったのか・2016年02月18日付読売新聞社説)

 こういう事件があると、「知識や経験の乏しい職員」の存在がクローズアップされる傾向が、最近は高まっています。
 それで、介護や福祉の現場に有資格者をという意見が散見しだします。
 そういう事もあってか、障害者福祉の世界にも、福祉専門職員配置等加算というのが存在し、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士の割合が多いとご褒美がもらえます(参照参照)。

 福祉専門職員配置等加算の本当の理由は、従業者の処遇改善、安定雇用らしいですが(参照)。

 しかし、本当にそうなのだろうかと思います。

<社会福祉制度を学べば虐致しなくなるのか?>

 社会福祉に関する資格として一番メジャーなものは、社会福祉士でしょう。
 この資格を取るために学校で学ぶべき指定科目(参照)を調べてみると、以下の通りのようです。

◎人体の構造と機能及び疾病(医学一般)
◎心理学理論と心理的支援(福祉心理学)
◎社会理論と社会システム(福祉社会学)
◎現代社会と福祉(社会福祉原論(職業指導を含む))
社会調査の基礎(社会調査の基礎)
相談援助の基盤と専門職(社会福祉援助技術総論)
相談援助の理論と方法I(社会福祉援助技術論A、同B)
相談援助の理論と方法II(社会福祉援助技術論A、同B)
◎地域福祉の理論と方法(地域福祉論)
◎福祉行財政と福祉計画(福祉行財政と福祉計画)
福祉サービスの組織と経営(福祉経営論)
◎社会保障(社会保障論)
高齢者に対する支援と介護保険制度(高齢者福祉論、介護概論[7])
◎障害者に対する支援と障害者自立支援制度(障害者福祉論)
児童や家庭に対する支援と児童・家庭福祉制度(児童・家庭福祉論)
◎低所得者に対する支援と生活保護制度(公的扶助論)
◎保健医療サービス(保健医療サービス論)
就労支援サービス(就労支援サービス論)
◎権利擁護と成年後見制度(福祉法学)
更生保護制度(更生保護制度論)
相談援助演習(社会福祉援助技術演習A、同B、同C)
相談援助実習指導(社会福祉援助技術実習指導A、同B)
相談援助実習(社会福祉援助技術実習)

 ちなみに、精神保健福祉士はこちら

 どちらも制度に関するものが多く、だからこそ相談支援専門員志望者が多い(関連)のでしょう。
 資格を取ったからといって直接支援の技術が身に付いて虐待に訴えなくなるのかは疑問です。

 まあ、そもそも何を学んでも、人格的な変容がなければどうしようもないんでしょうが(^_^;)
 下手に心理学も入ってるもんだから、生兵法で怪我しそうな感じです(^_^;)


<介護福祉士は技術面が多いが>

 一方で、介護福祉士養成施設の教育内容はこちら

人間の尊厳と自立
人間関係とコミュニケーション
社会の理解
人間と社会に関する選択科目
介護の基本
コミュニケーション技術
生活支援技術
介護過程
介護総合演習
介護実習
発達と老化の理解
認知症の理解
障害の理解
こころとからだのしくみ

 こちらは実践的ですね(当社比)。
 こちらであれば、支援の技術や利用者の方への理解不足による虐待は、ある程度防げそうな気がします。

 障害者に援用できるものとできないものはあるでしょうが。

 社会福祉士も精神保健福祉士も介護福祉士も、実習を伴います。
 勉強していたことがたとえ机上のものであったとしても、実践的な学習は伴っているわけです。
 また、学生の頃から福祉の勉強をしていたという事実は、その後の研修の意欲を高めるものでしょう。

<費用対効果が低い資格>

 以前も述べたとおり(参照)、福祉の資格は投下する学費に見合う給与が見込めないという点で、費用対効果が低い資格です。
 それに、先に見たとおり、資格が必ずしも実際の支援力に結びつくのかはよく分かりません。
 そもそも、有資格者だけで人員がまかなえるほど人手がたりているわけではないのです。

 そこでOJT(On-the-Job Training)。
 実践の場で働きながら学べば、効果絶大というわけです。
 近年、障害者福祉の事業所では、「キャリアパス」というのが声高に叫ばれてきました。

<福祉・介護職員処遇改善加算>

 というのも、「福祉・介護職員処遇改善加算」というものができたからです。
 従業員の質を高める努力をすれば、行政から入ってくる報酬が増える。
 そういった動機付けによって、従業員の質を高めようとする事業所が増えるだろうという政策誘導です。

 具体的にどんな事業所がご褒美をもらえるのかというと以下の通り。

(キャリアパス要件Ⅰ)
次のイ、ロ及びハの全てに適合すること。
イ 福祉・介護職員の任用の際における職位、職責又は職務内容等に応じた任用等の要件(福祉・介護職員の賃金に関するものを含む。)を定めていること。
ロ イに掲げる職位、職責又は職務内容等に応じた賃金体系(一時金等の臨時的に支払われるものを除く。)について定めていること。
ハ イ及びロの内容について就業規則等の明確な根拠規定を書面で整備し、全ての福祉・介護職員に周知していること。

(キャリアパス要件Ⅱ)
次のイ及びロの全てに適合すること。
イ 福祉・介護職員の職務内容等を踏まえ、福祉・介護職員と意見を交換しながら、資質向上の目標及び一又は二に掲げる具体的な計画を策定し、当該計画に係る研修の実施又は研修の機会を確保していること。
一 資質向上のための計画に沿って、研修機会の提供又は技術指導等を実施(OJT、OFF-JT 等)するとともに、福祉・介護職員の能力評価を行うこと。
ニ 資格取得のための支援(研修受講のための勤務シフトの調整、休暇の付与、費用(交通費、受講料等)の援助等)を実施すること。
ロ イについて、全ての福祉・介護職員に周知していること。
(福祉・介護職員処遇改善加算及び福祉・介護職員処遇改善特別加算に関する基本的考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について)

 あれ?キャリアパス要件Ⅱはそうでしょうが、キャリアパス要件Ⅰは単なる処遇改善というか、組織硬直化の入口ですかね(^_^;)

<古いタイプの支援者>

 とか書いている僕は、最近「古いタイプの支援者」だと言われます。
 古いタイプって、何なのだろう。

 昔は、障害者施設の施設長になるには教員免許が必要だったといいます。
 僕が若かった頃は、まだ社会福祉系の大学が少なく、教員養成系学部出身者が福祉の世界に多かったといいますからね。
 僕も教員養成系学部出身者だからでしょうか。

 あるいは、日本初の重症心身障害児施設とされる島田療育園(現島田療育センター)は、財団法人で寄付金の控除がされないため、慢性的な財政難であったといいます(参照参照参照)。
 僕の最初に勤めた障害者福祉事業所も、社団法人で貧乏でした。
 そういったところでしょうか?

 しかし、どうやらそういう意味で言われているわけではなさそうです。

<古いタイプの福祉>

 そもそも、日本の社会福祉は敗戦処理の過程で生まれたのだそうです。

児童福祉や身体障害者福祉は 昭和20年代に戦争孤児や傷病軍人のために整備されました。その後,知的障害者へ拡大し,今日の障害福祉の基礎が出来ました。同時にそのような人々の生活基盤を安定させるために生活保護が確立しました。
昭和30年代に,日本の経済力が回復し,次第に国民一人一人が豊かになると,誰が病気になっても医療にかかることが出来る体制づくりが求められるようになりました。そして国民皆保険制度が確立しました 次第に平均寿命が延び定年後の老後の生活を考える必要が出てきました そこで 年金制度を充実させていきましたこのように,日本は,福祉,年金,医療を幅広く国民全体にセイフティネットをかけて来たわけです。
参照

 戦災による困窮者を支援するために、1946年に生活保護法が生まれ、戦災孤児を支援するために1947年に児童福祉法が生まれ、傷痍軍人を支援するために1949年に身体障害者福祉法が生まれ、その後1951年に社会福祉事業法が生まれた・・・という流れだといいます(参照参照参照)

 そういった流れが知的障害者へと波及してきたのが1960年。
 この年に精神薄弱者福祉法が生まれました(参照)。
 この法律は、第一条で以下のような目的を掲げています。

第一条 この法律は、精神薄弱者に対し、その更生を援助するとともに必要な保護を行ない、もつて精神薄弱者の福祉を図ることを目的とする。
精神薄弱者福祉法 (1960年[昭和35年] 法律第37号)

 この法律は、1999年に知的障害者福祉法に生まれ変わります。
 その、新しい目的は以下の通り。

第一条  この法律は、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律 (平成十七年法律第百二十三号)と相まつて、知的障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するため、知的障害者を援助するとともに必要な保護を行い、もつて知的障害者の福祉を図ることを目的とする。
第一条の二  すべての知的障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会経済活動に参加するよう努めなければならない。
2  すべての知的障害者は、社会を構成する一員として、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする。
(知的障害者福祉法)

 確かに僕は、昔で言うところの更生というものがあまり好きではありません。
 更生とは、「精神的、社会的に、また物質的に立ち直ること。好ましくない生活態度が改まること」とか「不用品に手を加えてもう一度使えるようにすること」とかいう意味だそうです(参照)。
 そこに、何らかの価値基準の体系が見え隠れするのが嫌なのです(関連関連)。
 それが、「すべての知的障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会経済活動に参加するよう努めなければならない」という文言への反発になっているのでしょう。
 「社会を構成する一員として、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」というのは分かりますが、どうして「進んで社会経済活動に参加するよう努めなければなら」ないのかと思ってしまいます。
 「進んで」参加するのかしぶしぶ参加するのかは自由だと思いますし、「努め」るのかどうするのかも自由なのではないかと感じてしまうのです。
 まあ、リスクはありますが・・・。

 そういう感じ方をしてしまう僕は、きっと保護的な支援者だと見られてしまうのでしょう。

<様々な人がいた方が>

 しかし、「社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加」できるというのは、機会であり権利です。
 僕も、そういった意識を強くもっていないといけないのでしょう。
 しかし、そういった考え方は別段新しいわけではないと思います(参照)。

 障害者の工賃向上が叫ばれている(参照)昨今。
 障害者の支援には、様々なバックグラウンドを持つ人たちが、それぞれの能力を尊重して助け合うことが必要だと思います。

 なんだか最近、同じような人たちが増えてきているような気がして、ちょっと怖い気がしています。

 まあ、それも僕が古いからか。
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