湾鉄調査部
元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
広告


プロフィール

therapie

Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
 自分の興味が向いたものを、自分勝手に調査しています。
 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
 お問い合わせはメールフォームからお願いします。



最近の記事



カテゴリ



最近のコメント



最近のトラックバック



ブログ内検索



月別アーカイブ



RSSフィード



リンク


ブログパーツ類
あわせて読みたいブログパーツ

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村 鉄道ブログへ

ジオターゲティング


検索






Join the Blue Ribbon Online Free Speech Campaign


古厩忠夫 裏日本-近代日本を問いなおす を読んだ
 何だかいきなり左遷されました(^_^;
 てか、閑職好きの僕にはありがたい話なのですが、まだまだやり残したことがあります。

 とりあえず、障害者虐待について色々調べています(参照)。
 厚生労働省によると、僕らは障害者虐待の疑いに気づいたら即通報しなければならないようです(参照)。
 現在の通報窓口は、福岡市立心身障がい福祉センター(あいあいセンター)の中にある福岡市障がい者基幹相談支援センター(参照)。
 福岡市社会福祉事業団が運営しているようです。
 しかしこの業務は、平成29年度から各区にできる区の障がい者基幹相談支援センターに移管されるようです(参照)。
 ある程度の規模の法人が軒並み入っている格好で、今後施設内の障害者虐待が公平に調査されるのか少し心配になります。

 虐待した人の同僚は、虐待した人をかばう傾向があると言います。
 だったら、虐待を起こした法人の同業界は、虐待を起こした法人をかばう傾向が出てこないでしょうか。
 トカゲの尻尾切りでお茶を濁して。

 と思って調べたら、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)第19条によると、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待については、市町村が社会福祉法障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)に定められた権限を行使して「障害者虐待の防止並びに当該障害者の保護及び自立の支援を図る」ようです。
 まあ、行政も庇いがちなんでしょうけどね。


<「裏日本」という本を読んだ>

 先日、古厩忠夫 裏日本-近代日本を問いなおす を読み終わりました。
 近世に栄えた東北地方を除く本州の日本海側の裏日本と呼ばれる地域が、近代になって衰退したという事と、その原因について書かれた本です。

 東日本大震災では様々な事を考えさせられましたが、なぜ「東京」電力の原子力発電所が「福島」にあるのかという問題もその一つでしょう。
 ヒトやカネやモノが、地方から中央に供給され、地方が中央の下請けにされる。
 本書は、そういった問題について考えるいい資料だと思いました。

<鉄道網整備は国策だけの影響なのか>

 しかし、ご当地本ならではの牽強付会(けんきょうふかい)ではないかと思われる部分もありました。
 その一つが、鉄道網の整備についての部分です。
 本書の8ページに1893(明治26)年の鉄道路線図が出ています。
 それに対し筆者は、「見事なまでに太平洋岸にかたよっているのがあきらかであろう」と評し、「日本海側はその建設政策の外にあったのである」と結論付けています。

 しかし、当時の九州地方と山陽地方にあった鉄道は私鉄です(参照)。
 「建設政策」だけで論じるのには、些か問題があると思います。

<確かに国策ではあるが地域の力も>

 確か、山川出版社の福岡県の歴史には、九州鉄道(当時)の鉄道建設には補助金が出ていたとかかれていた気がします。
 本が手元にないので、別のものに書かれていたのかも知れませんが。

 他の資料によると、政府から「年四%の利子保証(参照)」など国の補助があったのは間違いないようです(参照)。

 それでは、九州鉄道は国策会社だったのでしょうか?

九州鉄道は、九州初の鉄道路線を開通した会社である。
1887年(明治20年)、松田和七郎、藤金作、伊丹文右エ門、渋谷清六、白木為直、嘉悦氏房の六名が会社設立発起者総代となり、福岡・熊本・佐賀の各県令に呼びかけて創立した。 1888年(明治21年)、政府に設立認可され、初代社長に高橋新吉が就任した。
(参照)

 松田和七郎は福岡県(小倉県)、藤金作は福岡県、伊丹文右エ門は佐賀県(参照)、渋谷清六は不明、白木為直は熊本県、嘉悦氏房は熊本県の人のようです。
 そういった「各県の有力者が「三菱財閥」の資本参加を得て誕生(参照)」したようです。

 地域側の利益代表である常議員会の初代常務委員は、「伊丹文右衛門(佐賀県・栄銀行頭取)、松田源五郎(長崎県・第十八国立銀行頭取)、紫藤猛(熊本県・元大阪商船社員)、松田和七郎(福岡県・第八十七国立銀行取締役)の四名(参照)」だったようで、各県の代表が選ばれたようです。

<建設政策の中にあった「裏日本」>

 そもそも、日本海側が鉄道建設政策の外にあったというのは、明らかに間違えています。
 1892(明治25)年6月21日に制定された鉄道敷設法では、中央線の項で「岐阜縣下岐阜若ハ長野縣下松本ヨリ岐阜縣下高山ヲ經テ富山縣下富山ニ至ル鐵道(現高山本線)」、北陸線の項で「福井縣下敦賀ヨリ石川縣下金澤ヲ經テ富山縣下富山ニ至ル鐡道及本線ヨ リ分岐シテ石川縣下七尾ニ至ル鐵道(現北陸本線の一部・七尾線)」、北陸線及北越線ノ連絡線の項で「富山縣下富山ヨリ新潟縣下直江津ニ至ル鐵道(北陸本線の一部)」、北越線の項で「新潟縣下直江津又ハ群馬縣下前橋若ハ長野縣下豐(豊)野ヨリ新潟縣下 新潟及新發(発)田ニ至ル鐵道(現信越本線・上越線)」、北越線及奥羽線ノ連絡線の項で「新潟縣下新發田ヨリ山形縣下米澤ニ至ル鐵道若ハ新潟縣下新津ヨリ福島 縣下若松ヲ經テ白河、本宮近傍ニ至ル鐵道(現米坂線・磐越西線 奥羽線)」という路線がきちんと書かれているのです(参照)。

 本書31ページには、1906(明治39)年3月末の鉄道路線図「鉄道線路概観」も出ています。こちらも出典は1970(昭和45)年に出された日本国有鉄道百年史のようです。
 比較的近い1907(明治40)年の鉄道路線網(参照)を見ていただければ分かりますが、これも九州で言えばほぼ私鉄由来です。

<東京対地方の比較では分からない>

 本書では、江戸時代「裏日本」は豊かであったことが語られます。

 そもそも、江戸時代の城下町はほぼその藩の石高(経済力)に比例する規模だったようです(参照)。

 豊かであったのなら、なぜその富を九州のように鉄道に投資しなかったのでしょうか。

 単純に、北前船の成功体験にとらわれすぎたためでしょうか?
 本書を読んでいると、そんな考えが浮かんできます。

 僕は、九州はなんだかんだ言ってまとまりがあるからかなあとも思います。
 集まってしまったら、「我が県は我が県は」となりますが、とりあえず集まれる。
 しかし、「裏日本」はどこからどこまでがひとまとまりなのか、今でもはっきりしません。
 そういうところが大同団結しにくいのかもしれません。

 また、「裏日本」は中央に近く、中央から延びてくるのを待ってしまったからでしょうか?
 九州はその辺危機感が起こりやすいのかもしれません。

 本書では、「裏日本」と東北地方との比較がされていて、非常に興味深いです。
 東京を帝都、大阪を民都とした本(「民都」大阪対「帝都」東京)がありましたが、地方について考えるときに僕らは対東京で比較しがちです。
 しかし、その地域を知ろうとするならば、東京ではない他地域と比べる視点も必要なのでしょう。
関連記事
スポンサーサイト

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログへ

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://wantetsu.blog61.fc2.com/tb.php/1707-be221001
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



当ブログはリンクフリーです。
ただし、匿名掲示板からのリンクは管理者であろうとも禁止します。
不適当だと判断したコメント・トラックバックは掲載しません。
情報の正確性には常に留意しておりますが、その検証能力には限りがあります。
このサイトにより生じたいかなる損害においても責任は負いかねますのでご了承ください。