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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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木内一裕 藁の盾 を読んだ
 先日、木内一裕さんの藁の盾を読みました。
 木内一裕さんは、またの名をきうちかずひろ。
 「1960年福岡生まれ。’83年、『BE‐BOP‐HIGHSCHOOL』で漫画家デビュー。2004年、初の小説『藁の楯』を上梓(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(参照)」だそうです。

 「このシャバ僧が~(BE-BOP-HIGHSCHOOLより)」の人が書いた小説。
 かなり興味が湧きます。

 「シャバ僧」とは、「シャバい」「小僧」という意味らしいです。
 「シャバい」とは、俗世を意味する仏教用語(参照)「娑婆」から来た「一般社会」を意味する俗語「シャバ」から転じて、「イケてない」を意味しているとのことです(参照)。


<不評な映画>

 この小説は映画化されたらしい(映画版)のですが、どこの評価を見ても酷評されています。
 これだけ酷評されるのなら、かえって見てみたくなってしまいます。
 しかし、いきなり映画を見るのはリスクが大きいですし、第一見る暇がありません。
 そこで、原作を読んでみることにしました。

 少なくとも映画化しようと誰かに思わせたわけですから、それなりに面白いはずです。

<原作のあらすじ>

 とりあえず、本作は以下のような内容だそうです。

「生きる価値のない男」を守る。命を懸けて。
「人間の屑」の楯になることを拒否した警察官たちが直面する絶望の果ての最悪とは!?緊迫のエンターテインメント!

2人の少女を惨殺した殺人鬼の命に10億の値がついた。いつ、どこで、誰が襲ってくるか予測のつかない中、福岡から東京までの移送を命じられた5人の警察官。命を懸けて「人間の屑」の楯となることにどんな意味があるのか? 警察官としての任務、人としての正義。その狭間で男たちは別々の道を歩き出す。
内容(「BOOK」データベースより)

二人の少女を惨殺した殺人鬼の命に十億の値がついた。いつ、どこで、誰が襲ってくるか予測のつかない中、福岡から東京までの移送を命じられた五人の警察官。命を懸けて「人間の屑」の楯となることにどんな意味があるのか?警察官としての任務、人としての正義。その狭間で男たちは別々の道を歩き出す。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
(参照)

 これではちーとも分かりません。

 要は、西野めぐみという幼女を強制性交した上に殺害したとされる清丸国秀なる男が刑期を終えて出所。
 その直後に蜷川知香なる幼女が、同じように殺害され、清丸に容疑が掛かります。
 しかし、清丸の行方は分かりません。
 ところが、蜷川知香の祖父である富豪、蜷川隆興が、清丸殺害に10億円の賞金を掛けたと発表します。
 潜伏先の福岡で、匿ってくれていた友人に殺されそうになり、清丸は福岡県警察南警察署に出頭します。

 福岡から東京までの移送と警護を命じられたのは、5名の警察官。
 しかし、南警察署内部で警察官に襲われ、入院した九州中央病院では看護師に殺されかけるという四面楚歌状態。
 果たして無事に東京は桜田門にたどり着けるのか?
 てな感じの話です。

<「原作はマシ」ポイント>

 酷評の中で多かったのが、設定が荒唐無稽過ぎるというもの。

 まあ、「殺したら賞金!」ってのは明らかに公序良俗に反する契約なので、取り消そうと思えば取り消せますわな。
 そんなのに乗る人も少ないだろうとは思いますが、そこはあくまでお話です。
 少し位は居やがるかもと思わせられればいいと思います。
 多少荒唐無稽でも、読者が納得できればアリなんじゃないでしょうか。

 荒唐無稽の一つとして、映画評では「警察官は防弾チョッキ位着ろ」とかなり指摘されていました。
 原作では最初から着ていますので、そこは大丈夫みたいです。
 抗弾ベストを着用した上で、移送がスタートします。

<死者に縛られた二人>

 あらすじでは出ていませんが、本作は「死者に縛られ」ている人たちばかり出てきます。

 主役である警視庁SPの銘苅一基は、家族を亡くしてそれ以前からの生活を変えられない人として登場します。
 「死者に縛られていては幸せになれない」と言う上司に、「幸せになりたくない」と心の中で答える人物です。
 彼が「人間の屑」を守る理由は、死者が悲しむことができないというもの。

 そして、移送途中で同僚の白岩篤史が殉職したことで、新たな理由が加わります。
 同僚が命を堵して守った清丸を殺せないというものです。
 「死んだ人間に義理立てしても何もいいことはないぞ」と、移送仲間の奥村武に言われますが、変わりません。

 一方の蜷川隆興も、賞金を出すと言い出したこと自体、死者に縛られています。
 銘苅と蜷川は、ある意味とても近い存在です。
 この二人が終盤に会話を交わすことで、物語は大きく動きます。

<別の縛られ方>

 警視庁捜査一課から移送に加わった奥村武と神箸正貴も、別の形で死者に縛られていると言えます。
 二人は捜査担当者として、被害者蜷川知香の惨殺された遺体を見ています。
 そのため、清丸への態度は厳しくなりますし、ネタバレになりますが、蜷川隆興との微妙な関係にも繋がります。

<屑にも一分の理>

 映画では徹底的に屑として描かれていたらしい、被疑者の清丸国秀ですが、原作では人間らしい心の揺れを見せてくれます。

 追い詰められた清丸は、死への恐怖から銘苅にある頼み事をします。
 それは、自分を殺して賞金を得て、その一部を女手ひとつで育ててくれた北海道の母に贈るようにということ。
 息子が全国を騒がせてしまい、肩身が狭いだろうと殊勝な感じになってます。

 しかし、その母が殺されたというニュースが流れてきます。
 その直後に、逃亡じゃなかった移送に協力してくれたタクシー運転手の由里千賀子を殺害します。
 「どっちみち殺されるんなら死刑になるくらいの事やっとかないとワリに合わねえ。」と嘯く清丸。

 死への恐怖からの行動とも取れますし、直前の「頑張って、お母さんの分まで生きなくきゃね」という言葉への反発とも取れます。


<オチも違うようだ>

 映画版では、清丸に死刑判決が出て、何のために守ったんだという徒労感に、「どうせ死刑になるならもっと殺しておけば良かった」という屑極まりない清丸の発言が追い討ちをかけるというオチのようです。

 小説版では、警視庁に到着した所で終わります。
 まあ、その場で西野めぐみの父に首を切りつけられるというオチなので、多分死ぬんだろうなというのは一緒ですが。

<屑嫌いは読むな見るな(笑)>

 読んでみましたが、それほどひどい話ではありませんでした。
 普通に娯楽作として面白い小説です。

 思うに、倫理感の高い方々は、屑人間を読んだり見たりすると、イライラしてしまうのではないでしょうか。
 その不快感が、あの酷評に繋がっているのではないかと疑ってしまいます。

 小説を読むような人は、ちょっとやそっとの屑人間の話でも普通に読めます。
 でも、映画って、マスマーケットを相手にするものですからね。
 屑の話は何かと反発があるのではないでしょうか?

 それを確かめるためには、映画版を見ないといけません。
 まあ、見ませんけどね!
 屑人間の話なんて、イライラするだけですよ!
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