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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者
 数学や物理学はよく分かりませんが、数学者や物理学者について書かれた本は面白い物が多いように思います。

 例えば、エルディシュ(Paul Erdos(Engländer), 1913.3.26- 1996.9.20)という数学者について書かれたポール・ホフマン(Paul Hoffman)の放浪の天才数学者エルデシュ(The Man Who Loved Only Numbers: The Story of Paul Erdos and the Search for Mathematical Truth)はとても面白かったと記憶しています。

 また、物理学者のファインマン(Richard Phillips Feynman, 1918.5.11-1988.2.15)によるエッセー集ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉〈下〉も、単なる自慢話ですが面白かったです。

<完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者>

 で、今回読んだのは、マーシャ ガッセン(Masha Gessen,1967-)による完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者という本。

 この本は、「ミレニアム問題」と呼ばれる数学の7つの問題の一つであるポアンカレ予想を解いたグリゴーリー・ペレルマン(Grigory Yakovlevich Perelman, 1966.6.13-)というロシアの数学者について書かれた本です。
 「ミレニアム問題」を選定したアメリカのクレイ数学研究所は、2000年にその7つについて各々100万ドルの賞金をかけていました。
 それが、副題にある100万ドルです。

 ポアンカレ予想とは、1904年にアンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré,1854.4.29-1912.7.17)によって定式化されたのだそうですが、内容は僕に聞かないで下さい。

 ペレルマンがそれを証明したのは、2002年11月。
 かなり話題になったようです。

<数学者でなければ>

 本書では、ペレルマンの人となりがあちこちで描かれています。
 それが、僕にとっては親近感が湧くものでした。

 例えば、「グリーシャの脳の問題圧縮機には、環境の微妙な違いを考慮に入れる余地はなかったのだろう。彼は規則は規則として母のいいつけを守ったのである。」(P80)とか、「グリーシャには、新たに入ってきた情報が、すでにある情報と矛盾するときには、新しい情報を受け付けないようなところがあった。」(P80)とかです。
 なぜなら、それは、僕の馴染みの発達障害のある人たちと似ていたからです。

 また、「嘘をつけないばかりか、不完全な真実を口にすることさえできない」(P93)ような人にも心当たりがありますし、

 障害者支援事業所の中でそういった人に会うと、僕らはその人を発達障害者だと思います。
 恐らく、「特定の、機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明らかである(関連)」と思うのでしょう。

 でも、数学の研究所の中でそういった人に会うと、ステレオタイプで奇矯な数学者だと感じるのでしょう。

 「グリーシャ・ペレルマンは、自分の答えを分かりやすく説明するのが苦手だった。成長するにつれ、押し寄せる言葉を組み合わせて文章に――それも美しく、厳密で正しい文章に――することを覚えたが、それでも彼が語る内容は、錯綜した個人的な物語であり続けた。」(P81)というのは、発達障害を疑われた(関連)僕のこのブログの事かもしれません。


<奇妙な理想>

 そういうエピソードは一般的に変わっていると見なされますが、その一方で一般的に理想的な生き方と捉えられる事もありそうです。

 例えば、「自分は頭がいいってことを他人にわからせるために時間を使うぐらいなら、問題を解いた方がいいよ」(P121)という仕事への姿勢は、他事に煩う事なく業務に集中する姿勢に通じるものがありそうです。

 「強度または、対象において異常なほど、常同的で限定された型の一つまたは、幾つかの興味だけに熱中(関連)」していると見なされかねないでしょうが。

 それは、ミハイル・グロモフ(Mikhael Leonidovich Gromov, 1943.12.23-)のペレルマン評によく現れていると思います。
 グロモフは、「彼には道義というものがあって、それを守り通している。(中略)彼の行動が奇妙に見えるのは、彼が社会規範にとらわれずに、誠実に行動してしまうからなんだ。」(P181)と言っています。
 これは、「自らの信念に従って生きる」事ができない自身を省みた上での考えでしょう。

 また、友人のアレクサンドル・ゴロヴァノフ(Alexander Golovanov)も、「Segui il tuo corso, e lascia dir le genti.(汝の道を歩め、そして人々の語るにまかせよ)[マルクス『資本論』序文にダンテの言葉として置かれているもの]」というモットーに従って行動している(P153)と評していますが、これも僕たちが憧れながらもなかなかできない生き方なのではないでしょうか。

 結局、僕たちは自己のルールに誠実でありたいと願いつつ、それが難しいと感じながら生きているのでしょう。
 そしてそれは、他者への誠実さにも繋がっているのでしょう。
 他者への誠実さは、他者へ誠実でなければならないと課した自己への誠実さに他ならないからです。

 このような事を読後に考えていると、他者への共感がもっとできるのではという気持ちになりました。

 ペレルマンに影響を与えたアレクサンドル・ダニーロヴィチ・アレクサンドロフ(Alexander Danilovich Aleksandrove)の言葉として、「結局、あらゆる出来事のからみあいを通じて、人は多かれ少なかれ、この世のいっさいにかかわっている。もしも多少とも影響を及ぼしているのなら、それに責任をもたなければならない(P159)」というのが紹介されていました。
 これは、ややもすると自他の境界が曖昧になってしまう精神疾患(参照参照)に繋がりかねない考え方です。

 しかし、僕たちがみんな少しずつそう考える事が出来たなら、社会はもっと優しく、誰にとっても暮らしやすくなるのではないでしょうか。



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