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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
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変態とは何か
 前回は、「ロリコン」という言葉について調べてみました。

 当時の知人が鬼の首を取ったように「ロリコンという用語を正しく使うべき!」と主張していたので調べたのですが、結局定義ははっきりしていないというモヤモヤしたオチでした。


<「あの子の背中に羽がある」ではどうなるのか>

 では、「あの子の背中に羽がある」の場合はどうなるのでしょうか?
 高校3年生の保科聡真さんは17~18歳で、小学6年生の若宮遥さんは11~12歳。
 年齢的には小児性愛障害になるのでしょう。
 しかし、「性行為に関する強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動」がないのでそうではないとも見えます。

 それでは、作者の川原泉さんの解釈はどうなのでしょうか。
 川原さんは、「変態は自分の事しか考えない」、「まず先に相手の事を考えられる人は絶対に変態とは言わないんだ」と書いています(P115)。
 「まず先に相手の事を考えられる人」なので、「変態」ではないという事でしょう。
 これは、一見かなり寛容な態度に見えます。

<「笑う大天使」における「ロリコン」>

 川原さんの笑う大天使(1987年・第1巻第2巻)の中にも「ロリコン」という言葉が登場しています。
 文庫版第1巻のP122の「マザコンでロリコンで不倫大好きの変態だよなこいつ」というセリフです。

 罵倒されているのは、光源氏(^_^;)

 高校生の僕も同じような事を言ってました(^_^;)

 光源氏と紫の上の年齢ですが、引き取った際は18歳と10歳。
 確かに小児性愛障害のように見えます。

 しかし、実際にそうなったのは4年後なので22歳と14歳です。
 小児性愛障害ではありません(関連)。

 加えて、年齢的には無条件で強制性交等罪にはなりません(関連)。
 しかし、同意がないのでやはり強制性交等罪に問われるでしょう。

 こうして見ると、紫の上問題に関しては「ロリコン!」と批判するより「強姦魔!」と批判すべきなのでしょう。
 しかし、そのようなツッコミは見られませんでした。

 ちなみにブレーメンⅡ(1998-2004)の第2巻P151では、16歳と28歳の結婚を容認しています。
 また、最初の単行本である空の食欲魔人(1984)では、短編6編の内成人男性と女子高校生との恋愛が3編。男性大学生と女子高校生との恋愛が1編収録されています。


<「変態」とは何か?>

 さて、「あの子の背中に羽がある」と「笑う大天使」で「ロリコン」がカテゴライズされた「変態」とは何でしょうか?
 デジタル大辞泉によると、次のような意味があるそうです。

2 普通の状態と違うこと。異常な、または病的な状態。
「お品は身体に―を来したことを」〈長塚・土〉
3 《「変態性欲」の略》性的倒錯があって、性行動が普通とは変わっている状態。また、そのような傾向をもつ人。
(参照)

 こうして見ると、単純に普通とは違うという事のようです。
 言わば、平均との乖離性を表しただけの言葉に過ぎません。
 しかし、なぜか、川原さんも含む僕たちは、そこに価値基準が含まれているように思っています。

<「変態」から除外される人々>

 ですから、僕たち現代人は川原さんと同様に、「まず先に相手の事を考えられる人」を「変態」から除外してきました。
 まず「変態」の人権を認めるのではなく、人権を認めるべき人々を「変態」から「普通」にしていったのです。

 これは、精神医学における「正常」に対する捉え方の変化と少し似ています。

註:最近の精神医学では、平均との「乖離性」よりも、その「適応性」(主体の孤立・苦悩・経済的破綻)や「価値的基準」(社会規範の遵守等)を重視する傾向がある。そのため、小児性愛(pedophilia)を医学上正常の範疇とする考えは少数派に留まる。この(「乖離性」より「適応性」や「価値的基準」を重視する)観点から近年「同性愛」は、性嗜好障害から除外された。
(参照)

 僕たちの人権意識は、時代と共に高まってきたと思います。
 そうして、多くの「人権を認めるべき」「変態」をただの「少数者」に変えてきました。

 しかし、「人権を認めるべき」という判断は、多数者の価値判断に基づくものでした。
 ですから、安易に生産性や義務の問題に結び付くのではないかと思います。

<許しを乞わされる少数者>

 だからこそ、「同性愛者はノンケには惹かれない人の方が多い(参照)」と同性愛者が強調(関連)せざるをえないわけです。
 その意見の真実性は分かりませんが、そう言っておかないとゲイは今でも「変態」のカテゴリーに位置付けられ、精神疾患として治療される事になりかねなかった(参照)のではないかと思います。

 性犯罪者が性犯罪を犯すには、性欲だけではなく別の要素が必要です(関連関連)。
 ですから、性的な指向や嗜好単体で性犯罪は起こらないはずです。
 それは小児性愛障害者も同様(参照)ですが、「変態」なので治療対象にあたってしまいます。

 僕たちは、「変態」になりたくありません。

 ですから、僕らは平均から乖離した時に社会規範は守っていると平均に近い多数者に許しを乞うてしまいます。
 「乖離してても人権はある!」とか「変態で何が悪い!」と開き直れる人は稀です。

<僕たちは「変態」を許さない>

 「あの子の背中に羽がある」においては、保科聡真さんの他に「小学生の女の子を狙った悪質な連れ去り未遂事件」の容疑者(ロリコン男)が出てきます。
 「変態」から川原さんが救い上げたキャラクターは保科さん。
 この容疑者は川原さんに救われなかったキャラクターと言えます。

 小肥りで黒ブチ眼鏡をかけたニキビ面でボサボサ頭のステレオタイプヲタとして造形されたこの容疑者。
 しかし、そこがネットで批判される事はありません。

 僕たちは、「変態」になりたくありません。
 ですから、「変態」を庇うことはタブーです。
 「変態」を叩かないと「変態」かと疑われてしまいますからね。

<まとめらしきもの>

 川原泉さんは、笑う大天使の中の冒頭でこのように書いています。

どのよーな集団にもアウトサイダーはいるし
ドロップアウトした人種はどこにでもいる
少数ではあるが確実に存在し、少数であるがゆえにサイレント・マイノリティ
―「声なき少数派」となる
「最大多数の最大幸福」とゆー言葉の前に沈黙するのだ
(笑う大天使文庫版第1巻P11)

 少数者すべての側にいるように思われていた川原さん。
 ですから、少数者に愛されていた。
 その川原さんの視線に多数者の影を感じてしまった。
 それが、「川原泉問題」だったのでしょう。

 LGBTに関する描写を見るだけでは分かりにくいですが、川原さんには多数者の視点による少数者の選別も感じました。
 しかしそれは、「川原泉問題」ではなく、「モラル」によって少数者を選別してきた現代社会全体の問題なのではないかと思います。

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