FC2ブログ
湾鉄調査部
元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
広告


プロフィール

therapie

Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
 自分の興味が向いたものを、自分勝手に調査しています。
 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
 お問い合わせはメールフォームからお願いします。



最近の記事



カテゴリ



最近のコメント



最近のトラックバック



ブログ内検索



月別アーカイブ



RSSフィード



リンク


ブログパーツ類
あわせて読みたいブログパーツ

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村 鉄道ブログへ

ジオターゲティング


検索






Join the Blue Ribbon Online Free Speech Campaign


スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログへ
教養教育
 昨年度末、大学の恩師が定年になりました。
 ちょうど鹿児島から福岡に来ていたので、少し話しました。
 話の流れで、教養教育の話になりました。
 先日、もはや限られた大学でしか教養教育は成立しないだろうと恩師は話していました。

<僕らの教養のなさに経団連会長が根をあげる>

 そんな中、職場で洗濯機を待ちながらNHKニュースを流してたら、日本経済団体連合会(経団連)と株式会社日立製作所(日立)の会長である中西宏明(NAKANISHI Hiroaki,1946.3.14-)さんが「最低限のリベラルアーツを学んでないと困る」と言っていました。

企業の採用面接の解禁時期などを定めたいわゆる就活ルールについて、2021年春に入社する今の大学2年生の就職活動から「つくらない」と正式に決めた経団連の中西会長は、NHKの単独インタビューに応じ、その真意を語りました。思い切った決断の背景には、「人材」をめぐる危機感がありました。
この中で、中西会長は「根本は日本社会が多様な人材を求めていて、それに対して企業側の責任もあるし、大学側の責任もあるし、全体をうまくマネージしていく政府の責任ともども、ちょっと見直さないとダメではという問題意識が前々からあった」と述べ、採用面接などの時期に焦点を当てるのではなく、人材育成の在り方を含めた抜本的な議論が必要だという考えがルール廃止の背景にあると明らかにしました。
日本の多くの大企業では大学・大学院の卒業と同時に一斉に社員を採用する「新卒一括採用」が続いてきましたが、これについては「日本の人材がわりと均整で、均質的な文化の中でそれなりに激しい競争をするという仕組みが、もうグローバルな環境の中ではあまり有効ではなくなってきている」と述べ、見直しの必要があるという認識を示しました。
そのうえで「いろんな多様性ある人が集まってきて、いろんなものの見方をぶつけ合う中で、新しい会社の在り方や社会の在り方、そして自分たちのビジネスの在り方を考えることが非常に重要になってきている」と述べました。
そのため、求められるのは「語学」と「専門性」、多様な文化を理解できる「教養」の備えた人材だとしたうえで「もっと大学の教育それ自体に社会や企業も含めて非常に関心持って、世界に通じる人材を育成していという高らかな目標掲げて、努力してもらわないと。文系だろうと理系だろうと、最低限のリベラル・アーツ(一般教養)を勉強してこないと困る」と述べ大学教育の在り方にも一石を投じました。
中西会長は、こうして今後の日本経済を支える人材育成がどうあるべきかという観点から、採用の在り方のみならず大学教育も見直す必要があるという考えを示したうえで「ぜひ積極的に議論をふっかけていきたい。企業側に対しても姿勢をただして、メッセージを出していくことがわれわれの責務だと思う」と述べ、新たな成長戦略を検討する政府の未来投資会議で、議論をリードしていく姿勢を強調しました。
(就活ルール廃止 背景に人材めぐる危機感 経団連会長に聞く・2018年10月9日 22時28分付日本放送協会)

 今更そんな事言われても。

<リベラルアーツとはなにか>

 まずはリベラルアーツ(liberal arts)の意味を調べてみます。
 面倒なのでWikipediaに頼ってみると、元々の意味は「人を自由にする学問」ということらしく、「それを学ぶことで一般教養が身につくもの」なのだそうです(参照)。
 現在の大学でも「学士課程において、人文科学・社会科学・自然科学の基礎分野 (disciplines) を横断的に教育する科目群・教育プログラム(参照)」を一般教育とか共通教育とか教養教育とか呼んで、一応学んでますよね。
 「日本におけるリベラル・アーツ教育は、『様々な知に触れることで、汎用的な思考力を養う』を軸に(参照)」しているのだそうです。

 僕が大学生だった頃、大学には教養部というものがあり、入学から1年半在籍する事になっていました。
 僕は教育学部でしたが、学部に分かれる際(専門に上がると称していました)に学部での専攻(専修と呼んでいました)を選ぶ事になっていました。

<教養教育を減らしたのは経済界では?>

 僕が1年半在籍した鹿児島大学教養部(参照)は、1997年3月31日に廃止されました(参照)。

 これは、全国の国立大学で教養部を改組する改革が行われたからです。
 教養部が現存する東京医科歯科大学を除くと弘前大学、長崎大学、熊本大学、琉球大学と並んで最も遅い時期に廃止されました(参照)。
 改革が進んでいないという事で、ペナルティとして理学部の応用地学科が廃止になったという話もありました(参照)。

 教育学部も戦後発足した際はリベラルアーツ(学芸)教育を目指していた(参照参照)そうです。
 そうなると、僕はリベラルアーツの残り香と共に4年間過ごした事になります。
 学生寮と留学生会館に住んでいたので、生活も学際的でした。
 そういった環境で様々な学問に触れ合えたのが、僕にとって一番勉強になった気がしています。

<教養教育を減らしたのは経済界では?>

 文部省が教養部改組に躍起になっていたのは、経済界からの要請もあったと記憶しています(参照)。
 もっと専門分野を深く学ばせて、即戦力を育成して欲しいという。

 しかし、日本が今後生き残っていくために思考力を身に付けさせなければいけないというのが、当時の教育業界の流れだったと思います。
 教養教育の弱体化に繋がりかねない改革を目指したのはおかしかったのではないかと今でも思います。

 当時はすでに、1993年に開学した会津大学(参照)がリベラルアーツ教育を重視(参照)していて注目されていたと記憶しています。

 そういった流れがありながら唯唯諾諾と従った大学側も、リベラルアーツを身に付けていなかったという事なのかもしれません。

 そういった意味ではそれまでのリベラルアーツ教育は失敗だったのでしょう。
 本来はそこで教養教育を改革し、強化すべきだったのでしょう。
 恐らくは、そういった意思統一できる大学は少なかったという事でしょう。

 とは言え、冒頭に書いた通り、大学人は教養教育を諦めてしまっているようです。
 最近では、2004年に開学した国際教養大学(参照)も注目されているようです(参照)が、それはあくまで少数のエリート様のための大学であるという認識なのかもしれません。
 まあ、みんながみんな日立に入社するわけではありませんしね。

 でも、それなら大学に行く意味なくないですか?と思ってしまいます。
 専門分野だけを学ぶとなると、費用対効果的には専門学校の方が優れていると言えるからです。
 賢い若者は専門学校を選ぶことになるんだろうなと思ったりしています。
関連記事
スポンサーサイト

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログへ

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://wantetsu.blog61.fc2.com/tb.php/1821-c06e3dcc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



当ブログはリンクフリーです。
ただし、匿名掲示板からのリンクは管理者であろうとも禁止します。
不適当だと判断したコメント・トラックバックは掲載しません。
情報の正確性には常に留意しておりますが、その検証能力には限りがあります。
このサイトにより生じたいかなる損害においても責任は負いかねますのでご了承ください。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。