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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
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 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
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僕が僕であるために
 仕事のすべてを指示されているような気がする。
 そんな話を聞きました。

<自由になりたくないかい?>

 そんな中、小学校からの友人が、尾崎豊(OZAKI Yutaka , 1965.11.29 - 1992.4.25)さんの歌碑(参照)を訪ねていました。
 「管理社会」に対する「反抗のカリスマ」とも称された尾崎さん。
 管理されてても放置されてるよりマシという社会の変化によって、かなり不人気になってるらしい(参照参照)です。

 歌碑のある渋谷では、今週ハロウィンが話題になりました。
 尾崎さんの十五の夜という歌詞のように、「自由になれた気がした」のか知りませんが、軽トラックをひっくり返したり、堂々と痴漢したり、路上にゴミを捨てたりと犯罪と迷惑行為の百貨店状態(参照参照参照)だったようです。
 対する尾崎さんの歌詞も、「夜の校舎窓ガラス壊して回った(卒業)」り、「盗んだバイクで走り出(十五の夜)」したり、「校舎の裏煙草を吹かし(十五の夜)」たり、「行儀よく真面目なんてくそ食らえと思った(卒業)」んだろうなと思われる行為のオンパレードです。
 それは渋谷ハロウィンと同様に尾崎さんも忌避されるわ。

<街にのまれて>

 しかし僕は、尾崎さんには反抗よりも逡巡を感じて共感してきました。
 対峙しているはずの教員に向かって「あなたはか弱き大人の代弁者なのか(卒業)」と問い、「この支配からの卒業(卒業)」と言いつつ「あと何度自分自身卒業すれば本当の自分にたどり着けるだろう(卒業)」と悩み、「だけどこの目に映るこの街で僕はずっと生きてゆかなければ(僕が僕であるために)」、「僕は街にのまれて少し心許しながら(僕が僕であるために)」と一部受け入れていく。
 そういった部分が、僕にとってはしっくりきていました。

 しかし、世間的には「反抗のカリスマ」と称されるわけで、実際は本人的にはそれが一番不自由だったりするのかもしれません。

<僕が僕である>

 よく見るニュースの傾向で好きそうなニュースばかり配信されたり、買い物の傾向で好きそうな商品を薦められたり、陰鬱でコメントしづらい友達の投稿を隠されたりと、現在の僕らは便利かつ快適に「管理」されています。
 昨今では、脳が決定した後に意思だと認識されるので「自由意思」など存在しないとさえ言われています(参照)。

 しかし、例えファンタジーであったとしても、自由意思や自己決定や自己選択を否定してしまうのは苦しい事です。

 何もできなかったという無力感を伴う経験は、強い恐怖を伴う経験とともにトラウマ(心的外傷)を形成する原因になりえます(参照参照)。
 自己決定ができなかった経験は、いつも僕を苦しめています。

 また、「人は自由意志の存在を疑うと、不正行為に走り、他人に協力することをやめる、といった傾向が強まることも報告されている(参照)」そうです。

 自己決定をしたと思っている人は幸福度が高いという研究結果もある(参照)ようですし、自己選択の範囲が狭まれれば狭まれるほど、職場のモチベーションが下がるように感じます。

<モチベーション向上のための自己決定感>

 今週は、僕が描いていた仕事の進め方が、他からの指示によって実現しない事が多い週でした。
 元々体調が悪く鬱な気分でしたが、それ以降は自分には何の決定権もないのだという妄想が頭から離れません。
 そのような妄想が生じると、自分が指示を了承してやっているにも関わらず、やらされていると感じます。
 妄想だと分かっていても、辛い毎日でした。
 自分は主体的にしていると思えなければ、仕事というのは如何に辛いものかと思い知らされました。

 従業員のモチベーションを上げるには、主体的に働いているという印象を持たせる事が必要なのではないかと思います。
 そのためにも、自分で自己決定しているという印象(自己決定感と勝手に命名)を如何にもってもらうかが(待遇改善よりももっと)重要な気がします。

<ハロウィン騒動への追記>

 渋谷では、ワールドカップでも痴漢被害が頻繁したそうです(参照)から、ハロウィンを止めようが有料化しようが、同じような騒動は起こるでしょう。
 また、そういう場所だと認知されれは、渋谷以外でも日本全国どこでも起こりうる可能性があります。
 犯罪行為に関して粛々と法的な対応をするのは必要ですが、その一方でそのような国になってしまったことへの対応もしていくべきなのだと思います。

 警察官の拳銃を奪って発砲すると、「積極的に被害者らの殺害を意図していたとは言えない」と言いつつ「生命に対する危険性が非常に高い犯行」と指摘して殺意を認定するわけの解らなさで懲役13年の判決になってしまう(参照)国の法的対応に公平性はあるのかは、議論の余地がありそうですが。

 と言いつつ、集まった人々を「田舎者」だと蔑む(参照)地元の人々の感想には、正直反発を覚えます。
 そういった「田舎者」たちによって商機を得ていた街なのではないかと思うからです。
 商売にならないと見るや掌を返すのは、ちょっと勝手なのではないかと感じます。

 このような感想をもってしまうのも、彼等「都会人」と僕達「田舎者」との間の共感性が失われてしまったからなのでしょう(関連)。
 その共感性の欠如も、主体性を奪われたという鬱な自意識の副産物なのかも知れません。

 一円の得にもならないのに法や秩序やマナーに反抗するのは、かなり主体的な行為なのではないかと思います。
 その快感を薄めるためにも、普段から自己決定の満足感を味わえる社会にするのは有効なのではないかと思っています。
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