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元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
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Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
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 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
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村田沙耶香 コンビニ人間 を読んだ
 村田沙耶香さんのコンビニ人間を今さらながら読みました。
 と言っても、2016年の第155回芥川賞 受賞らしいんでそんなに経ってないか。
 先日会った昔の同僚が、半ば強引に貸してくれたのです。

<また発達障害物か!>

 読み始めるとすぐに、職業病発動です。
 主人公が幼少期に小鳥の死体を見つけて焼き鳥にしようと言ったり、喧嘩を止めてと言われてスコップで殴って動きを止めたりしたり、「あれから6607回、私たちは同じ朝を迎えている。(P77)」と細かく思ったりという描写を読んで、また(関連)思ってしまいました。
「また発達障害物か!」

 いやいやそれは、発達障害の方々と生活する生活(くどい)が長かったからやし。
 発達障害の方々と接する機会の多い人は、色々な人の中に発達障害の影を見つけがちな印象があります。

 あくまでこれはフィクションですよと自分に言い聞かせながら読みました。

 しかし、今現在このような方がいれば、かなりの高確率で発達障害という診断名を貰えそうな気がします(関連)。


 主人公は「父と母が悲しんだり、いろんな人に謝ったりしなくてはいけないのは本意ではない(P16)」ので、極力口を利かずに皆の真似をするか誰かの指示に従うように過ごして来ました。

 しかし、大学一年生だった1998年に、見本や手本をもとに「コンビニ店員」を演じるという手段を獲得します。
転機が訪れます。
 「いろいろな人が、同じ制服を着て、均一な『店員』という生き物に作り直されていく(P21)」中で、自分も「店員」になり、「初めて、世界の部品になることができた(P25)」と感じ、コンビニ店員として新たな誕生をしたのです。

<不寛容>

 さて、このブログの「社会・社会心理」というカテゴリは、元々「(仮称)不寛容社会」という名前でした。
 なんか最近社会が不寛容だなと思ってでっち上げた言葉でした。
 同じ事を思っている方が多かったようで、同じ頃から結構見るようになった言葉です。

 その一方で、差別は減ったのだろうなと思います。
 なぜそのような相反する感想をもってしまうのか、結構ずっと疑問に思っていました(関連関連)。
 この小説を読んで、その答えが一つ提示されていると思いました。

 どうやら恋愛経験がなさそうな主人公は同性愛者なのだろうと勝手に合点している同窓生達に、主人公はこう思います。
「たとえ本当にそうだとしても、皆が言うようなわかりやすい形の苦悩とは限らないのに、誰もそこまで考えようとしない。そのほうが自分たちにとってわかりやすいからそういうことにしたい、と言われている気がした。(P42)」
 僕たちは、「理由ができて安心するから(P43)」「異物」を分類したがるのかもしれません。
 そして、安心できるものを保護し、安心できないものを排除しているのかもしれません。

 作品中でも迷惑な客が店長に排除され、主人公は「ここは強制的に正常化される場所なのだ。異物はすぐに排除される。(P64)」と思います。

 ある時は、30代半ばで結婚をせずアルバイトをしている事に不審がられ、「正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。(P84)」と思います。
 そして、「そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。(P84)」と思い至り、「家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。(P84)」と考えます。

 そして、「皆が不思議がる部分を、自分の人生から消去していく。それが治るということなのかもしれない。(P96)」という治療法(?)にたどり着くのです。

<保護か排除か>

 それからどうなるのかは読んでいただくとして、僕にとってはとても含蓄のある作品でした。

 よく分からない事は、確かに恐怖です。
 だから僕らは、台風の日に川を見に行って流されたり、謎の国を悪の枢軸と呼んだり、ミステリアスな同僚を苛めて職場から放逐しようとしたりするのでしょう。
 病院に行けばはっきりした病名を聞かないと安心できませんし、「問題は◯◯だ!」と言われたら安心します(参照)。

 ですから僕たちは、よく分からないものを分類したがる。
 そして、分類された少数派をカテゴリに応じて保護したり、敬遠したり、追放したり、弾圧したりしているのでしょう。

 僕たちは差別は減ったと考えていますが、単に一部の少数派を配慮が必要な人々として保護しているに過ぎないのかもしれません。
 誰にだって配慮が必要な部分があるのかもしれないのに、そこでは保護者と被保護者という固定的な関係になってしまっています。

 そして、保護を要しない少数派は、やはり排除されてしまうのでしょう。

 だから、若い人たちは僕らの感覚では必要以上に「不思議」がられない努力をしているのでしょう。
 保護や排除の対象者に固定化されないように。



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