湾鉄調査部
元々鉄道ブログですが、福岡県古賀市、新宮町、福津市の情報に移行、その後福岡市近郊の情報に寄り道した後、心理学と障害者福祉に関心を移しています。
広告


プロフィール

therapie

Author:therapie
 元々は鉄道ブログです。
 と言いつつ、福岡市北郊にある新宮、古賀、福津の情報をメインに書いていました。
 筆者転居のため、最近は福岡市内の情報をメインに書いています。
 自分の興味が向いたものを、自分勝手に調査しています。
 今のところ、基本的に毎週日曜日に更新しています。
 お問い合わせはメールフォームからお願いします。



最近の記事



カテゴリ



最近のコメント



最近のトラックバック



ブログ内検索



月別アーカイブ



RSSフィード



リンク


ブログパーツ類
あわせて読みたいブログパーツ

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村 鉄道ブログへ

ジオターゲティング


検索






Join the Blue Ribbon Online Free Speech Campaign


人は目の前で人が亡くなることに耐えられるのか?
 話題の百度で検索してみたら、数ヶ月前のGoogleと似た結果が出てきました・・・。

 16日に大阪の守口市で起きた強盗殺人は、とても痛ましい事件でした。
 目の前で生まれて18日のわが子が粘着テープで鼻と口をふさがれているのに、自分は縛られて何もできない(参照参照参照参照)。
 これほど悔しく、哀しく、辛いことがあるだろうかと思います。

 そしてまた、更に痛ましいことに、23日に母親が大阪市内で死亡しているのが発見されました。
 歩道橋から飛び降り自殺を図って、ひき逃げされたと見られているようです(参照参照参照)。
 遺書めいたものも約10枚見つかり、「子どものところにいきます」、「子どもが生きがいだった」などと書かれていたそうです。
 殺された息子さんあてには「**君のいる天国に行けたら、今度は一緒に幸せになろうね」と書かれ、あて名のないものの中には「耳に残る**の最後の声がつらすぎて生きていけない」とも書かれていたそうです(参照参照)。
 なんともやり切れません。


 彼の目の前、玄関の低い石段を、全身血だらけの幼児がはいあがってくるのである。その背後に、けさほどラジオの修理に並んでいた人びとの、なぎたおされた姿があった。きょうも受付けは遅れた。8時16分、玄関の扉はあいていなかった。さえぎるもののない路上で、彼らは一撃を受けた。警報を出すことができたら、彼らは助かったのではないか、一瞬、寺川はその思いにとらわれた。
 幼児は玄関前の犠牲者のひとりであった。思わず抱きあげる寺川。彼にも同じ年頃の子供がいた。何とか助けたいと思った。しかし重傷の田中課長がいる。これ以上抱えていく力がない。それにこの子の、この傷では助からない。そう考えて、倒れた人たちのなかから母親らしい人を探し、その子をおいて、彼は玄関をはなれていった。
 3、4日たって局舎に戻ったとき、寺川は、幼児を抱きしめかばうようにその子におおいかぶさっている母親の焼死体を発見、胸をつかれた。その姿は、消えることのない痛みとして、彼のその後の人生に重くのしかかってきた。通いなれた道、誇りにした職場の玄関に、彼は立つことができなくなってしまった。
(白井久夫 幻の声NHK広島8月6日 岩波新書 1992年)

 ずいぶん長く引用してしまいました。

 どのような状況であっても、多くの母親というものは子どもを助けたいと思うものなのでしょうか。
 そして、目の前で人が亡くなろうとしているのに助けられないという状況は、多くの人にとって深い心の傷になってしまうのでしょうか。
 その2つの狭間で、亡くなった母親はどんなにか苦しかっただろうと思います。

 この本は、1945年8月6日に広島に原爆が落とされ壊滅状態となっている時に、ラジオから交信を求める美しい女性の声が聞こえてきたという証言から始まります。
 この本の宣伝文を読むと、その声の主を探すノンフィクションのような感じです。
 まあ、そう読んでもいいのでしょうが、そうやって探す過程で当時の広島中央放送局にかかわる人を中心とした一人ひとりにとっての1945年8月6日が前半は描かれています。

 後半は一転して、原爆投下機に関する警報放送がなぜ遅れたのかという謎を追うストーリーになります。

 この本を読むと、NHKですら自らが体験した原子爆弾について、まったく振り返ることができていないことに驚きます。
 局の関係者が何人犠牲になったのか、どのようにして亡くなったのかさえ把握できていないし、把握しようともしていないのです。
 毎年夏になると終戦記念だとかで特別番組を作っているNHKですらそうなのです。

 詩人サトウハチローの弟は、広島に転勤する友人を広島まで送って、帰らぬ人となったのだそうです。
 それで、発表された被爆死者数に、サトウハチローはいつも1人加えていたそうです。

 歴史というのはみんなのものでもありますが、同時に私的なものでもあります。

 話がずいぶん逸れてしまいました。

 たまたま1月24日付の朝日、毎日、読売を読みましたが、読売だけは遺書らしきものが見つかった記事を載せておらず、その代わり1面のコラムでこの事件を取り上げていました(参照)。
 コラムは、「目覚まし時計のベルを切るように平然と」かけがえのない命を奪った犯人に対して、「おまえは誰だ」と結んでいます。
 でも僕は、「誰だ」より「なぜだ」と問いたい気もちです。

 亡くなった子が生きていれば、もうすぐ生まれて1ヶ月。
 どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。

 この件について書くかどうか事件当時から随分迷いましたが、とりあえず書くことにします。
 整理されていなくて申し訳ありません。
関連記事
スポンサーサイト

にほんブログ村 地域生活ブログ 福岡情報へ にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 鉄道ブログへ
Keyword : 事件 心理学 歴史

テーマ:考えさせるニュース - ジャンル:ニュース


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://wantetsu.blog61.fc2.com/tb.php/443-862aac03
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



当ブログはリンクフリーです。
ただし、匿名掲示板からのリンクは管理者であろうとも禁止します。
不適当だと判断したコメント・トラックバックは掲載しません。
情報の正確性には常に留意しておりますが、その検証能力には限りがあります。
このサイトにより生じたいかなる損害においても責任は負いかねますのでご了承ください。